約 2,287,803 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4089.html
ゆっくりと扉を開けて俺たちは部室に戻ってきた 中ではそれぞれがそれぞれの指定席に座り、…朝比奈さんは立っているのが指定に近い感じがするのだが いつもどおりの、古泉は微笑、長門は無表情、朝比奈さんは怯えた表情をしていた …あれ?いつもどおりじゃない人間が一人いるな、たまになら見るが、朝比奈さんは何に怯えているんだ? …あぁそうか、そうだよな 朝比奈さんは俺にキスしたんだった そりゃ、ハルヒに何されるかわかったもんじゃない ま、予想どおりといったところだろうか、ハルヒが朝比奈さんの方を向いて話し掛けた 「みくるちゃん」 それは普段のハルヒからは想像しがたい優しい声だった まるで母親が自分の子供をあやすような それでも朝比奈さんはびくっとしていたがな 「ありがとう、ね」 いったい、何がありがとうなんだ? 誰か俺に説明してくれ …あとで古泉にでも聞くか それを受けた朝比奈さんは溢れんばかりの満面の笑みで元気よく 「はい!」 とだけ言った そのあとだが、恐らく今回は大体を知っていたであろう未来人・朝比奈さんが持っていたバスタオルで体を拭いたあとハルヒは朝比奈さんの、俺は古泉の持ってきていた着替えに着替え、団活を開始した この準備の良さをみると、古泉も知ってやがったな 八つ当りとは言わないが、いつもどおり、俺は古泉とのボードゲームに連勝し、長門は本を読みふけ、朝比奈さんは給仕にいそしみ、ハルヒはネットサーフィンに興じている 対戦中、何度かハルヒと目が合ったのは心にしまっておこう やはり、いつもどおり長門が本を閉じる音で部活が終わる なんかいつもどおりの一日だったな、確かに世界は急に色を変えないよな それが変わっていたら8割方ハルヒのせいだ 部室をでたあとハルヒが手を握ってきた 俺は少し慌てたがもう3人とも知っているんだろうな、と考えそのままにした 5人で歩く帰り道、いつもは先頭にいるハルヒは一番後ろの俺の横で少しはにかみながら歩いている 代わりに先頭を行くのはハードカバーを文庫本に持ちかえ、それを読みながら歩いている長門で、その後ろで古泉と朝比奈さんが談笑しながら歩いている 幸いにも雨は止み、控えめに赤い太陽が顔を出している 横を見れば顔を朱に染めたハルヒがちゃんといる 俺はハルヒに耳打ちしていた 「そっと抜け出さないか?二人で」 ハルヒは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに100Wの笑顔に戻すと大きく頷いた 長門にはバレていただろうが、いやもしかしたら全員にバレていたかもしれない 前の3人に気付かれないよう、こっそり脇道にそれた そのまま歩いて辿り着いたのは、この春休みに思い出深い、花見と、ハルヒの告白と…長門のマンションの近くの公園 桜達は、すでに花びらを落とし、早くも来たるべき夏に向けて準備をしていた しかし、抜け出してきたのはいいが、いったい何をしたらいいんだろうな とりあえず、ラブラブしたらいいんだろうが、そんな経験がない俺には何をもってラブラブというのかわからん 「おっ!キョン君にハルにゃんじゃないかっ!!」 突如後ろから聞き慣れた元気な声が聞こえる 振りむけばやはりというか鶴屋さんだった 「手なんかつないじゃって、ラブラブだね!お姉さん少し羨ましいにょろよ?」 ハルヒは照れている 顔が真っ赤だ 恐らく、冷静に観察してる俺も真っ赤だろう 「ええ、付き合うことになったんです」 それでも俺は某3倍早いMSのように赤いであろう顔に押さえ込まれないよう、できるだけ冷静を保って言葉を出す しかし、それも無駄な努力だったようで鶴屋さんは腹を抱えて大笑いしていた 「あっはっはっは!…そんな真っ赤な顔で…ぷぷ…真面目に言われてもねぇ…はっはっは…まぁ末長くお幸せに!これは鶴にゃんからの贈り物っさ!」 鶴屋さんはそう言って何かを俺の手に握らせる 「ハルにゃんを泣かせたらあたしが承知しないよ~!」 走りさりながら手を振る鶴屋さんを見送ったあと俺は手の中のものを確認した それを見た俺は苦笑する以外に選択肢はなく、覗き込んできたハルヒは顔をさらに赤くしていた 鶴屋さんはなぜ、こんなものを持ち歩いてあるのだろうか 俺はその0.03㎜の贈り物を使う日がいつ来るか考えていた
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5813.html
涼宮ハルヒの天啓 プロローグ 涼宮ハルヒの天啓 前編1 涼宮ハルヒの天啓 前編2 涼宮ハルヒの天啓 前編3 涼宮ハルヒの天啓 前編4 涼宮ハルヒの天啓 中編1 涼宮ハルヒの天啓 中編2 涼宮ハルヒの天啓 中編3 涼宮ハルヒの天啓 中編4 涼宮ハルヒの天啓 後編1 涼宮ハルヒの天啓 後編2 涼宮ハルヒの天啓 後編3 涼宮ハルヒの天啓 後編4 涼宮ハルヒの天啓 エピローグ1 涼宮ハルヒの天啓 エピローグ2 涼宮ハルヒの天啓 エピローグ3 涼宮ハルヒの天啓 エピローグ4(終) 涼宮ハルヒの天啓 番外編1 涼宮ハルヒの天啓 番外編2
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1022.html
第二章 七月に入りやはりハルヒは憂鬱になっていた。今回憂鬱な理由は俺にはわかる。 きっと4年前のことを思い出しているに違いない。 4年前に何があったかというと俺は朝比奈さんに4年前に連れて行かれ幼いハルヒに声をかけ話をした、 それだけならまだしも俺は校庭でハルヒの落書きの手伝いをしたのだ、というか俺が全部やった。今考えると映画作りやらホームページ作りやら何も変わってないじゃないか。 そしてハルヒには正体を黙りジョンスミスと名乗った、そして幼かったハルヒに向かって「世界を大いに盛り上げるジョンスミスをよろしく」と叫んだ。 恐らくはこれが原因で世界を大いに盛り上げる涼宮ハルヒの団、通称SOS団なんて名称にしてしまったんだろう。 大体、世界を大いに盛り上げる~なんてのは誰が最初に考えたのだろうか。 時系列的に言えば俺がハルヒに「世界を大いに盛り上げるジョンスミスをよろしく」と言ったのが原因だがそれを教えてくれたのは朝比奈さん(大)で、 恐らく俺は未来に朝比奈さん(小)にそのことを言ったのだろう、じゃ無ければ朝比奈さん(大)がそれを知っているわけが無いからだ。 そして朝比奈さん(大)が俺に教えて… そうなれば考えた人間を辿って行くと延々ループするので頭が痛くなる。 話がそれた、ハルヒはこの事を思い出して憂鬱になるのだ。 やはり元気を出して欲しいとこだがこればかりはどうしようも無い。 ここは早々に七夕がすぎるのを待つしかない。そんなことを考えていた。 しかし古泉曰くハルヒを暇にしてはいけないので何か考えなければならない。 そしてこの時期に憂鬱を晴らす方法があるとしたら一つしかない。 涼宮ハルヒとジョンスミスを接触させる…簡単なようで全く不可能な話である。 無理だ、あきらめよう。 またなんか考えてやるからそれまで我慢してくれよな、ハルヒ。 ふと何で俺は古泉みたいなことを考えてるのかと思った。 まあいいか楽しいし、今なら孤島での殺人事件の芝居も許せるかもしれない。 などと考えていた。 7月5日のことである。 ハルヒはこう言った。「明日七夕の短冊を書くから何を書くか考えてきてよね!」 俺は何故明日なのだ?七夕は明後日で平日のはずだ。と思ったがあえて口には出さなかった。きっと何か考えがあるのだろう。そう考えることにした、ほかのみんなもそう思ったのか同じ反応を取った。 翌日ハルヒは去年と同じような竹を持ってきた。 「さあみんな!思う存分願い事を書きなさい!!!」そういってハルヒはふっといペンに堂々とした字で何かを書き出した。 なになに?明…日…あ…の…人…に…会えますように? なんだって?これは予想外だ、何てこと書きやがる。 当然何も知らない朝比奈さんは「あの人って誰なんですか?」とハルヒに聞いた、古泉も興味津々である。 ハルヒは遠いところを見るような面持ちでこう答えた。 「私…昔の七夕でね、学校に忍び込んで校庭に宇宙人へのメッセージを書こうとしてね…一人の不思議な男と出会ったのよ。 名前しか知らないんだけどね、会えたのはそれっきり。いろいろ探してみたけど見つからない。私はもう一度会ってみたいの。」 朝比奈さん答える。「会えるといいですね…その人に…。」 朝比奈さんの目が輝いていた。 結局短冊に何を書いたのか、見せたのはハルヒだけであった。 ハルヒは俺の書いた短冊を見せろと襲ってきたが何とか短冊を死守した。 そして俺は書いた短冊を誰にも見られないようにかばんの中に入れて隠した、こんなもの見られたら俺は自殺してしまう。長門や朝比奈さんや古泉も誰にも見せずに持って帰ったようで結局飾ってあるのはハルヒの短冊だけであった。 朝比奈さんや長門がなんと書いたか少し気になるのだが。 そんなこんなで今日の活動は終了し解散した。 自宅に戻った俺は一度投げ出した問題について考えていた、 結局思いついたはというと、、、 ①今の俺だとすぐにばれるので3年後の俺を今に連れてこさせハルヒに会わせる ②長門のインチキマジック ③古泉を変装させジョンスミスと名乗らせる ここまで考えた時点であきらめた、不可能を可能にするのは不可能だ。まあ何とかなるだろう。 俺はいつもより少し早く床に着いた。 第三章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1839.html
中庭が見えてくる。おお、居た居た。相変わらずのムカツク程の爽やかな笑みで古泉は俺を待っている。 ただいつもと違うことがあった。 古泉と一緒に、なぜか我が愛しのエンジェル朝比奈さんもセットでついてきている。 昨日俺は朝比奈さんにも涙ながらのご叱責を受けている。しかも平手打ちのオマケつきだ。 正直いってかなり気まずいな・・・更に歩を進めながらそう考えていると 「お待ちしていましたよ。わざわざご足労頂きまして恐縮の極みです」 お前の社交辞令じみた挨拶などどうでもいい。それよりなぜ朝比奈さんもいるんだ? 「それは、私が無理行って古泉くんについてきたからです。 昨日はキョンくんの気持ちも知らずひどいこと言って・・・しかも叩いたりまでして・・・ごめんなさい」 朝比奈さんは申し訳なさそうに小さな身体を折り曲げる。 「いえ、俺の方こそ申し訳ありません」 俺も素直に謝罪の意を示す。 「あと今日こういう場を設けたのは謝るためだけじゃないんです・・・」 朝比奈さんは言葉を続けようとするが・・・。 「実はですね――」 急に話に割り込んできた古泉がその笑みを途端真剣な表情に変え、語り出す。 「昨夜、閉鎖空間の発生が確認されなかったのです」 そうだった・・・アレだけハルヒを怒らせたんだ。灰色空間の1つや2つ発生してもおかしくない状況だったろう。 そんなことまで失念していたなんて本気で昨日の俺はどうかしてたらしい。 「まあ、そのこと自体は我々機関にとっては喜ぶべき事実です。 しかし、この事実は違う意味を持ってもいるのですよ」 何だって言うんだ。もったいぶらずさっさと言え。 「涼宮さんはあなたを信頼していた、そしてあなただけは何があってもついてきてくれていると信じていた。 しかし、昨日のあなたはその期待を裏切ってしまった。その時の涼宮さんの怒り、悲しみ、絶望は いかほどのものだったでしょう?想像も及びません」 俺だって少しは反省している。説教なら聞き飽きたんだがな。 「まあ、聞いてください。 とにかく涼宮さんのあの時の感情の起伏は凄まじいものでした。 正直あの後、僕はすぐにアルバイトに駆けつけなくてはいけないことも覚悟しました。 しかし、閉鎖空間は発生しなかった。このことが何を意味するかお分かりですか?」 全くわからん。 「つまり、涼宮さんは『力』を失ってしまったのかもしれないということです。 普通、あれだけの感情の起伏や不満が観測されれば閉鎖空間どころか世界の崩壊だって ありえますからね。しかしそのような自体にはならなかった。涼宮さんの『力』が消失したためだ、 と考えるのは当然の帰結というものです。僕にも俄かに信じられませんでしたが・・・。 機関の上層部はこの『何も起こらない』という不気味さに戦々恐々としていますよ」 俺は呆然としていた。ハルヒが『力』を失っただと? 今まで俺達、いや特に俺をアレだけ何度となく騒動に巻き込んでくれたあの『力』を? そんな話、信じろと言われて「はいそうですか」と信じられるもんか。 しかしあの灰色空間が発生しなかったのは何よりの証明のなんじゃないのか・・・? いや・・・しかし・・・そんなまさか・・・。 「と、まあそんな話は嘘なんですけれどもね」 おい、古泉一発殴らせろ。というか黙って殴られろ。直立不動で歯を食いしばれっ! 「ここから先は朝比奈さんに説明していただきましょう」 今にも古泉に殴りかからんか、という俺を尻目に朝比奈さんはおずおずと前に出てきて 戸惑った表情を見せつつも、ポツポツと静かに語りだした。 「キョンくんに涼宮さんの本当の気持ちを知ってもらおうと思ったんです・・・。 昨日は私もどうかしちゃってて・・・落ち着いて話せなかったから・・・」 ハルヒの本心ですか・・・。俺も考えてはみたんですがね・・・。 「涼宮さんがまだバンド結成すると言い出す少し前、部室で偶然2人きりだった時、私に話してくれたんです・・・」 『涼宮さ~ん・・・今度の撮影でもまたあの衣装を着て外に出なくちゃいけないんですか~?』 『当たり前じゃないのよ、みくるちゃんは2作連続での主演女優よ?光栄に思いなさい!』 『ふえ~ん、恥ずかしいですよ~』 『泣き言言わないの。それに今回の文化祭は映画だけじゃない、取って置きのサプライズプランを考えてあるんだから!』 『・・・さぷらいずぷらん、ですか?』 『今はまだ言えないけど、きっと成功すればあたし達SOS団が文化祭での主役になること間違いなしよ! 皆の驚く顔が目に浮かぶわ、特にバカキョンなんて余りの驚きにアゴが外れるんじゃないかしら?』 『それは、私もやらなきゃいけないことなんですか・・・?』 『勿論よ!今回のプランはあくまでもSOS団団員全員が揃って初めて意味があるんだから!』 『映画の撮影は・・・』 『勿論、同時進行よ。まあちょっと時間的にきついかも知れないけど高校生活のたった3年間、2度と訪れない青春の 1ページなんだからそれくらいの無茶はなんてことないわ!』 朝比奈さんの回想をまとめると、大体こんな感じの会話が交わされたそうだ。 「きっとそのサプライズプランがこのバンドのことだったと思うんです。 あの時の涼宮さんは、本当に楽しそうな笑顔でした。この1年半、涼宮さんの色んな表情を見てきましたけど その中でも1番って言えるくらいでした」 俺は朝比奈さんの話に黙って耳を傾けていた。 朝比奈さんは更に続ける。 「それに涼宮さんは『SOS団の団員全員でやらないと意味がない』って言っていました。 私達皆でやらないと意味がないって・・・。 私、それでわかりました。涼宮さんはどうしてもSOS団の全員で文化祭のステージに立ちたいんだなって。 そしてそれが実現することを何よりも楽しみにしているんだなって」 朝比奈さんは語りは止まらない。 「確かに昨日の涼宮さんは凄い怒っていたかもしれません。古泉くんの言うように世界が崩壊してしまっても おかしくないくらいだったかも知れません。それでもそうしなかったのは涼宮さん自身のどんな大きな不満や 怒りなんかよりも全員でステージに立ちたいっていう気持ちの方がずっと強かったからなんじゃないかって思うんです・・・」 朝比奈さんはそこまで語り終えると小さく息をつき、真剣な眼差しで俺を見つめた。 「つまり今の話を要約しますとですね、涼宮さんは閉鎖空間を発生・拡大させ、この世界を崩壊させてしまうことより SOSバンドとして文化祭に出場するためにこの世界を守ることを選んだ、という訳ですね。 まあ、僕も朝比奈さんからこの話を聞くまでは、正直本気で『力』の消失を疑っていたのですが。 そういう訳ならば僕も納得がいきます。実際その『力』のせいで僕のベースの腕前は未だプロ級を保ったままですしね」 古泉がすかさず解説を入れる。 朝比奈さんの熱弁を受け、俺はなんとも複雑な気持ちだった。 「俺はどうすればいいんでしょうかね・・・」 「涼宮さんに謝ってあげてください。きっと涼宮さんもキョンくんには悪いと思っているはずで・・・ 素直になれないだけなんだと思います。それで『また一緒に練習頑張ろう』って。 そう言ってあげてください」 俺は、ハルヒがなぜアレだけバンドにこだわったのか、どうしてあんな短期間の内に3曲も書くほどの熱意を見せたのか、 その理由がわかった気がした。 「わかりました、俺、ハルヒと話をしてみます」 俺がそう答えると、朝比奈さんの真剣だった表情が天使かと見紛う程の嬉しそうな顔になった。 「本当ですか?」 「ええ、昨日は俺もどうかしてました、何とかハルヒと話をして、謝ってみます」 「よかった~。キョンくんならきっとわかってもらえると思いました」 朝比奈さんは本当に嬉しそうだ。 そして古泉はやれやれといった表情を浮かべ、 「話もまとまったようですね。いやはや良かったです。 実は僕もですね、演奏しているのが何だか楽しくなってきてしまってですね、 こんなことでバンドが解散、なんてことになるのはいささか悲しかったんですよ」 よく言うぜ、お前はハルヒのご機嫌取りが最優先だろうに。 「そんなことはありません。機関の思惑やその一員としての使命感を抜きにして・・・ いちSOS団の団員として、僕は文化祭でのバンド演奏を成功させたいと思っていますよ それにベースを弾くのも楽しくなってきましたしね。何と言っても重低音がいいですね。 下半身にこう、グッと響きます。なんとも気持ちのいいものですよ」 古泉のその台詞が何とも変態的に聞こえたのは気のせいだろう。 「私もです。最初はキーボードなんか弾けないって思ったけど、 皆で演奏してたら、何だか楽しくなってきちゃいました。 本番のために、鍵盤に突き刺す用のナイフも買ったんですよ?」 本気にしてたんですか・・・朝比奈さん・・・。 「冗談です♪」 「僕も涼宮さんの言うとおりにステージ用の靴下を新調しましたよ。 ただ困ったのが、なかなかサイズに見合うものがなかったことですね。 こうなったら着けないで出演しようかと考えたくらいですよ」 五月蝿い古泉。お前は黙っていろ。大体何だサイズって。そんなにデカイのかよ。 とにもかくにも、俺がハルヒに謝るということで話は何とかまとまった。 「そういえば――」 俺には1つ疑問に思っていることがあった。 「長門がこの場に来ていないのはなぜだ?」 そうである。今後の世界の行く末にも関るかも知れないという非常に重要なこの昼休み会合だったはずだが、 なぜかそういった事情に一番精通しているはずの長門の姿が見えない。 「長門さんは一応お誘いはしたんですがね・・・」 古泉は溜息をつき、答える。 「行く必要はない、と断られてしまいましたよ。理由を聞いたんですがね、 『彼を信じている』と、ただ一言。それだけですよ。 あなたを信頼しているのは涼宮さんだけじゃない、ってことです」 昨日、教室で呆然としている俺に同じ台詞を言った長門の姿が思い出される。 そうか、ありがとな長門よ。お前の信頼にも応えてやらなきゃな。 (おまけ 古泉視点です) その後、教室へ戻る道すがら、僕は彼に語りかけました。 「知っていますか? バンドというと一見花形はボーカルやギターのように思われがちですが、 実はそれ以上にベースやドラムの役割が重要なんですよ」 「それは初耳だな」 「この2つのパートはリズム隊と言ってですね、 バンド全体の演奏のテンポやリズムを司る役割として、非常に重要なんです」 「なるほどな」 「だからですね、ベースとドラムの演奏があっていないと、どんなにボーカリストが上手かろうが ギタリストの技量が高かろうが、キーボードが火を噴くような壮絶な演奏をしようが、 バンド全体としての音は締りの悪いものになってしまうんですよ」 「それはそれは、責任重大だな」 「つまりですね、バンドにおいてはベーシストとドラマーのコンビネーションが何よりも肝心ということです。 結論として、あなたと僕は一心同体も同然!ということです。 早速今夜から2人きりでの夜の個人練習に励みましょ・・・」 「黙れ、変態が」 彼はそう言うと歩を速め、スタスタと自分のクラスの教室に向け、歩いて行ってしまいました・・・。 「・・・マッガーレ・・・」 (キョンたんは相変わらずツンデレですね。まあ、そういうところも愛しいんですけどねwww) 教室戻った俺はハルヒを探した。 しかしその姿を見つけることは出来ない。 結局、その日は放課後までハルヒは教室には戻ってこなかった。 もしかして帰ってしまったのか? タイミングを逃したのかもしれない・・・。 そう考えながら、廊下を歩いていた俺の視界に見覚えのある人影がうつった。 「長門・・・」 その人影とは誰あろう長門であった。 長門はいつもの液体ヘリウムのような目で俺をみつめ、静かに言葉を吐き出した。 「涼宮ハルヒは軽音楽部の部室にいる」 「ほんとか!?」 どうやら帰ったって訳じゃなかったみたいだ。 「涼宮ハルヒはあなたを必要としている。行ってあげて」 俺はその一言で完全に決心がついた。 「重ね重ね済まないな。長門よ」 「いい」 ふと気付くと長門は手に筒状の何かを持っている。 「ところでそれは何だ?」 長門は表情1つ変えず答える。 「ダイナマイト。ステージでアンプを爆破するために調達した」 オイオイ・・・。長門もハルヒに言われたことを本気にしていたのか・・・。 それにしても・・・。 「お前も文化祭の本番を楽しみにしているのか?」 俺は何気なくそんなことを聞いてみたい気分になった。 「それなりに」 俺はそんな言葉を呟いた長門の表情の中に少しの期待を見出すことが出来た。 そして俺は今、軽音楽部の部室兼SOSバンドの練習室の前に立っている。 長門の言うことが正しければ、ハルヒはこの中にいるはずだ。 ふと気付くと、教室の中から何かが聞こえてくる。 それは聞き覚えのあるメロディー、昨日俺が聴いたハルヒのオリジナル曲に相違なかった。 意を決して中に入る。 するといた。ハルヒである。 ハルヒは背を向け、アンプに腰掛けてギターをつま弾いている。 そのメロディーは、昨夜俺が聴いた3曲の中の1曲、 確か『ハレ晴レユカイ』とかいうタイトルの曲だ。 俺はしばらくハルヒの弾くギターの音色に聴き惚れてその場に立ち竦んでいた。 しばらくして、演奏がピタッと止んだ。どうやら俺が入ってきたのに気付いたらしい。 ハルヒは首だけ振り返り、俺の姿を認めるとすぐにまた背を向けてしまった。 気まずい沈黙が流れる。俺は再度意を決して言葉を発する。 「今の良かったぞ。何て曲だ?」 知ってるくせにな。我ながら白々しい。 ハルヒは背を向けたままだ。無視されているのかと思いきや、静かに口を開いた。 「何よ、あんた脱退したんじゃなかったっけ?」 何とも厳しいお言葉だ。しかし俺はめげない。 「その筈だったんだがな。どうもこのままだと寝覚めが悪い――」 ハルヒは黙って俺の言葉を聞いている。 「そりゃあ俺は音楽的な才能もないし、いつまで経ってもまともに演奏できてない。 だから、お前の要求はいくらなんでも無理だろうって思う時もある。 でも・・・それでも俺はこのSOSバンドでの文化祭を成功させたいと思ってる。 朝比奈さんや長門や古泉と一緒に・・・、 そしてハルヒ、お前と一緒に・・・文化祭のステージに立ちたいと思ってる。 だから・・・昨日は済まなかった。俺にもう一度ドラムを叩かせてくれ」 俺がそこまで言い終えると、相変わらず背を向けたままのハルヒが口を開く。 「何よ、そんなこと言って、あんだけ取り乱したあたしが何だかバカみたいじゃない・・・」 抱えていたギターをアンプに立てかけ、ハルヒはこちらを向く。 「でもまあ、あんたがどうししてもって言うなら・・・許してあげないこともないわ!」 「ほんとか?」 「た・だ・し!団長に逆らった罪は重いわよ! これからあんたには罰として寝る暇も惜しんでドラムの練習に励んでもらうわ! 勿論映画の撮影に力を抜くことも絶対許さないだからね!」 かなり重い罰を課されてしまったようだがそれでも俺は心底安心していた・・・。 その安心感が俺に不用意で思い出すだけでも恥ずかしい一言を言わせてしまった。 「よかった。これでまたお前の歌が聴けるんだな・・・」 言った瞬間顔から火が出そうな恥ずかしさに襲われた。 手元にショットガンがあったなら、すぐにそれを口にくわえて引金を引きたいぐらいだね。 そうして涅槃の境地に到りたいくらいさ。 「ふ、ふんっ!SOS団団長の神聖なる歌声をタダで聴けるのよ! 少しはありがたく思いなさいよねっ!」 ハルヒも心なしか顔を赤らめているように見えるし・・・。 俺は気を取り直し、ハルヒに話しかける。 「実はな、さっきお前が弾いてた曲は既に知っていたんだ。 昨日お前が落としてったMDでな」 ハルヒは特に驚いたこともなく答える。 「何よ、無い無いと思ってたらあんたが持ってたってわけ?」 「別に悪気があったわけじゃないんだがな。まあとにかく曲聴いたぞ」 「ふん、せいぜい私の作った曲のクオリティの高さに驚いたでしょうね」 ハルヒは吐き捨てるように言う。 「ああ、凄かったよ。アレならオリコン10位以内だって狙える」 これは俺の本音だ。 しかし、ハルヒは一層顔を赤らめる。茹で上がったエビみたいだ。 「あ、当たり前じゃないっ!今の日本の音楽業界は腐ってるわ! あんな有象無象のクオリティの低い曲が売れるぐらいならそれくらい当然よ! むしろ1位を取って然るべきね!」 それは流石に無理だろうが、ハルヒの機嫌も何とか少しは上向きになってくれたようだ。 「とにかく! あたし達SOSバンドが文化祭のステージをジャックするにはまだまだ練習が足りないわ! 今からすぐに練習よ!キョン!そうとなったら今すぐに他の団員達を招集しなさい!」 こうしてSOSバンドの活動再開が高らかに宣言されたというわけだ。 そこからの数日はこれまで以上の多忙を極めた。 まずは映画の撮影。文化祭本番3日前に何とかクランクアップしたものの、 超監督の理解不能な撮影方針によって取り溜められた映像の殆どが訳のわからないものであり、 ギリギリのウェイトレス衣装で未来人的なナゾのビームを目から発射させられている朝比奈さんや スターリングインフェルノとかいうショボイ棒切れをくるくる振っている黒ずくめの悪い宇宙人長門、 やっとのことで自分の持つ超能力を自覚したはいいものの、ニヤニヤ笑ってるだけで存在感のない古泉、 その他、再度脇役で登場した鶴屋さんのぶっ飛んだアドリブ、国木田や谷口のビミョーな演技、 今回は人語を話すという暴挙は犯さなかったものの、 それではタダの猫であり劇中に登場する意図が全くわからないシャミセンのあくび、 訳もわからずはしゃぎまわるだけの俺の妹、といったようなものであった。 こんなものを編集させられる俺は一体どうすりゃいいんだ? 本当にこれなら朝比奈さんのプロモーションビデオを作った方がマシってもんだ。 まあ、そのくらいにヒドイ出来だったわけである。 そんな状況に頭を抱えていた俺ではあったが、ハルヒも何だかんだいっては手伝ってくれた。 しかしそれでも映画としての体裁を整えるにはほど遠い。 これはもう本気で今年こそ朝比奈プロモーションクリップにするしかないと思っていた俺に救いの手が差し伸べられた。 それは誰あろう長門である。何か長門に頼ってばかりだよな・・・俺。 長門は大量のビデオテープを目の前にし、ウンウン唸っている俺を見かねたのか 「貸して」 と言うと全てのテープを家に持って帰ってしまった。 するとびっくり、次の日には長門は全ての映像編集を完成させてしまっていた。 朝比奈さんの目から出るビームのCGや効果音、BGMまでばっちりだ。 「完成した」 そう言ってマスターテープを俺に手渡す長門、これまた去年も同じようなことがあった気がするな・・・。 そして問題のバンドである。 ハルヒの作ったオリジナルの3曲が既存の2曲と共にセットリストに加わり、 SOSバンドは殆どのメンバーが初心者にも関らず、5曲も演奏しなければならないという重荷を課せられた。 いや、初心者といってもハルヒのトンデモパワーでプロ並みの腕前になってしまった古泉と朝比奈さんはまだいい。 結局初心者のままの俺は、毎日ヘトヘトになるまでドラムを叩き続けていた。 God Knows...とLost MyMusicの2曲に関しては何とか形になってきたものの、更に3曲を覚えるのは相当にキツイ。 しかしハルヒにアレだけの見得を切ってしまった以上、俺も諦めるわけにはいかない。 とにかく毎日、暇を見つけては軽音部の部室に出向き、寝食を忘れてといっていいほど練習を繰り返した。 そのおかげかこれまでペンダコすら出来たことのない俺の指には立派なマメが出来てしまったりもした。 更に、ドラムのことは同じドラマーに聞けばよいと考えた俺は週末、映画の撮影の後、独りで駅前のライブハウスに足を運んだ。 そう、あのENOZのライブを見に行ったのである。 率直に言って彼女達の演奏は相変わらず素晴らしかった。 狭いライブハウスではあったがその分観客の熱気も凄まじく、演奏中はあちらこちらでモッシュ&ダイブまで起こっていた。 そしてGod Knows...とLost MyMusicに関しては彼女らが本家であり、岡島さんのドラム演奏は非常に参考になった。 俺はライブ終了後、挨拶も兼ねて彼女達の楽屋を訪ねた。 ENOZの面々は初め俺を見たときは誰だかわからなかったようだったが、ハルヒの名前を出すや否や、合点がいったらしい。 俺はSOS団がバンドとして文化祭に出演すること、彼女達が本家である2曲をカバーさせてもらうこと、 ハルヒが作ったオリジナル曲のこと(勿論デモテープも聴いてもらった。すこぶる好評だった)等をつらつらと話した。 「そうかー、あの涼宮さんがねー」 ドラムの岡島さんが感慨深げに呟く。 「涼宮さんならきっとまたスゴイ演奏をしてくれると思うよ」 「私達、ほんと涼宮さんには感謝してるんだ。 あのステージが無かったら私達の曲を皆に知ってもらうこともなかった思うし・・・。 きっと卒業してメンバーも皆バラバラになって、バンドも自然消滅してたかも知れない・・・」 ベースの財前さんは遠い目をして語る。 「今私達が4人で活動を続けられるのもあのステージがあったからだと思う。 本当、涼宮さんには足を向けて寝れないわ。勿論ギターを弾いてくれた長門さんもね」 ひとしきりの会話を終え、俺は本題でもあるドラム演奏についてのアドバイスを求めてみた。 するとドラムの岡島さんはひとしきり考えた後・・・ 「口で言ってもわからないところがあるし・・・。そうだ! 実際に叩いてみるのが手っ取り早いと思うよ?」 と言うと、客のいなくなったステージに俺を上げてくれ、実演を交えた指導を行ってくれた。 時々、「ここの叩き方はこう!」とか言ってスティックを持つ俺の手を握られたりしてしまうなど、 何とも気恥ずかしいば場面もあったりもしたが、岡島さんは流石本家だけあり、非常に的を得た指導だった。 「本当にありがとうございました」 俺は懇切丁寧なアドバイスをくれた岡島さんはじめとするENOZの面々に頭を下げた。 「いいのよ、このくらい。私達が涼宮さんに受けた恩に比べればなんてことないわ」 岡島さんが恐縮する。なんて腰の低い良い人達なんだろう。少しはハルヒに見習わせたいね。 「最後に1つだけアドバイスさせてほしいんだけど・・・」 「何でしょう?」 「バンドっていうのは、メンバーが誰ひとり欠けても成り立たないものだと思うの。 私達も今でもこの4人でやれてることに凄い喜びを感じてるしね。 だから君もバンドのメンバーを・・・SOS団のメンバーを大切にしてあげてね。 そうすれば技術とか関係なく、きっといい演奏が出来ると思うよ」 朝比奈さんや古泉が同じようなことを言っていたのが思い出される。 SOS団のメンバー全員で・・・か。俺にもやっとハルヒの気持ちがわかってきたのかもしれない。 俺はもう1度彼女達に謝辞を述べ、帰途につこうとした。 すると財前さんがニヤニヤとした表情で近寄ってきて、俺に耳打ちをしてきた。 これまたちょっと恥ずかしいな・・・。 「そういえば・・・その後涼宮さんとはどうなのかな?『オトモダチ』の関係から進展した?」 「はぁ?」 俺は何とも間の抜けた声をあげてしまった。正直彼女の質問の意図するところが掴めない。 そんな俺の間抜けな表情を見て、彼女達は意外そうな表情を浮かべたかと思うと、 一様にやれやれと両手を挙げ首を振るジェスチャーをしている。「だめだこりゃ・・・」なんて言葉も聞こえたりする。 まだ状況を良く掴めないまま呆けてる俺に財前さんは更に言葉を続ける。 「まあ、君のペースでやればいいんじゃないかな? そんな所も君の味だと思うし・・・。 でも女の子を余り長く待たせるのは感心しないよ~?」 「はあ・・・??」 最後まで彼女達の言わんとするところはわからぬまま、その日は終わった。 そしてとうとう文化祭の当日になるわけだが、実はこの前日ちょっとした問題が発生していた。 というのも文化祭のステージにおいて何らかの出し物をする際は文化祭の実行委員と生徒会の許可を取らなくてはならないのだ。 俺達はバンド練習と映画撮影に夢中でそんな当たり前のことも忘れていた・・・。 出し物の申請期限はどうやら一昨日だったらしい・・・。あの時は映画の編集で忙殺されていたからな・・・。 さて、この事実をハルヒが知ったらそれこそ世界崩壊一直線だ・・・。 しかし、この件に関しては生徒会長と「太いパイプ」とやらを持つ古泉の口利きによって何とかなり、 特別に申請抜きでも文化祭のステージに出演できる運びとなった。 古泉には感謝したいところだが、そもそもそんな基本的なミスをお前が犯すとはな・・・。 俺達がどれだけバンドと映画だけに集中していたかが伺えるというものだ。 ちなみにあの毒舌生徒会長は、 「フン、またあのおめでたい女のご機嫌取りの為に使われるのはいい気はしないが、 今度はバンドだろ?せいぜいマトモな演奏になるように願うぜ。 まあ、あの女にはマジで音楽の才能はあるみたいだしな――」 と、相変わらずハルヒのご機嫌取りに利用されるのに不満げながらも 「そうそう、古泉。お前ステージで全裸になるんだって? あの女の歌を聴いているのも癪だし、お前がぶら下げている方の『ベース』でも見に行ってやるよ」 と、煙草をくゆらせながらのたまってくれた。 というか生徒会としては文化祭のステージでストリーキング行為を行うことにはお咎め無しなのか? 古泉も古泉だ。「是非楽しみにしていてください」なんて言ってんじゃねえ。 さて、本当の問題はこのことではない。 実は、俺の腕が限界に来ているということだ。 端的に言うと、凄く痛い。 この1ヶ月、慣れないドラムという楽器を叩きに叩きまくり、 特にこの数日間は寝食も忘れて練習に没頭していたこともあり、とうとう腕が悲鳴をあげたというわけだ。 「何も前日にこんなことになる必要はないじゃないか・・・」 風呂の中で腕をマッサージしながらひとりごちた。 果たして、明日のステージを無事こなせるだろうか・・・。 文化祭当日である。結局腕の痛みは取れないままだ。 勿論、このことはハルヒはじめ他の団員には話していない。 後で考えれば、長門あたりに頼めば一瞬で治療してくれたりしたのではないかとも思うが、 残念なことにその日の俺はそこまで頭が回らなかった。 ステージでの出し物が行われるのは午後からである。 それまで俺は去年と同じように谷口と国木田と共に校内をグルグル回っていた。 視聴覚室では俺達が制作した映画が上映されているはずだが、 あんなわけのわからない映画を、しかも編集段階でイヤというほど見たものを、 改めて見に行くほど俺はヒマではない。 「まあとりあえずはナンパだろ。今年は結構他校からも女の子が来てるからな」 相変わらず谷口はナンパにしか興味がないらしい。成功率ゼロのくせによく懲りないもんだ。 「それより僕はお腹が空いたな。なんか食べに行こうよ」 とは国木田の弁である。 「そういえばキョン、今年は朝比奈さんのクラスの出し物の割引券とか貰ってないの?」 そうだった。去年と同様、朝比奈さんのクラスは焼きそば喫茶をやるらしく、その割引券をしっかり今年も貰っていたのだ。 ついこの間朝比奈さんが鶴屋さんと共に俺のクラスまでわざわざ足を運んでまでくれたのに失念していた。 「おお!マジか!今年も朝比奈さんのあの衣装が見れるっていうならこりゃナンパどころじゃないな!」 谷口も飢えた魚のような食いつきを見せる。 うむ。確かに朝比奈さんと鶴屋さんのあの麗しいウェイトレス姿を見れるというのならば行って損はない。 もしかしたら余りの麗しさに俺の腕も癒されたりしてな。 結論から言うと、今年も朝比奈さんのクラスの焼きそば喫茶は素晴らしかった。 何が素晴らしいって、ウェイトレス姿の朝比奈さんと鶴屋さん以外にない。 基本的に去年の衣装と似たものだったが、それをベースに更なるバージョンアップを施したものらしい。 しかし、本当に朝比奈さんのクラスにはプロ並みのデザイナーか何かがいるに違いない。 これがSSなのが残念だね。是非皆にお見せしたいくらいさ。 ちなみに、食券のもぎり役である朝比奈さんは少し恥ずかしそうな面持ちであったが、 それとは対照的に今年も廊下にまで出て客引きをしていた鶴屋さんは何とも元気であった。 「お、キョンくんとそのオトモダチ!いらっしゃいっ!」 「今年も盛況ですね」 「去年があんだけ大繁盛だったからねっ!味を占めて今年もまったく同じ出し物にしたのさっ! いやぁほんとにボロ儲けだよっ!笑いが止まらないねっ!」 「鶴屋さんや朝比奈さんがいますからね」 「ありゃー、キョンくんも上手いこというねっ!おねえさん感激にょろよっ!」 いやいや、本心ですよ。 「そういえばキョンくん、今年はバンドやるんだってねっ!みくるから聞いたよっ! めがっさ頑張るにょろよっ!あたしも見に行くよっ!」 「ありがとうございます」 鶴屋さんは台風が過ぎた後の晴れ渡った青空のような笑みでそう言うと、俺の腕をバンバンと叩いた。 正直、痛めていた腕にはかなりの衝撃だったが俺は何とか表情を崩さずにいた。 その後、ナンパをしに行ってしまった谷口と他のクラスの出し物を見に行ってしまった国木田と別れ、 俺は独りで校内をブラブラとしていた。午後のステージまではまだ時間がある。 ちなみに、朝比奈さん以外の団員達のクラスの出し物についてもここで紹介しておこう。 長門のクラスは今年も占いの館とやらをやっている。 どうやらこちらも去年好評だったのに味を占めたようだ。 黒ずくめの悪い魔法使いの衣装に身を包んだ長門が相変わらず、一歩間違ったら未来予知とも言えるような 具体的過ぎる占いをして、客を引かせてしまっているのではないかとの心配もしたが、 チラッと覗いてみた感じ、何とかしっかりやっているようだ。 古泉のクラスは今年は演劇ではないようだ。 「映画にバンドに演劇、いくら僕でもちょっとこれは厳しいですしよかったですよ」 なんて古泉は前に言っていたが、果たしてアイツのクラスでは何をやっているのかというと―― 何と、『執事喫茶』であった・・・。これはアレか、所謂メイド喫茶の男版みたいなもんか・・・。 パリッとしたタキシードに身を包んで接客をしている古泉、ムカツクが似合っている。 「お帰りなさい、お嬢様」とか白々しい台詞まで吐いてやがる。 客層も女の子が殆どで、他校からきたと思しき子も見受けられる。 その殆どが古泉のタキシード姿に見とれているようだ。やっぱりムカツクな。 というかよく執事喫茶なんてやろうと思ったな。それだけ古泉のクラスにはイイ男が多いってことか。 古泉は俺の姿を見つけるや否や気味の悪い笑みを浮かべ、こう言った。 「バンドの出番までにはまだ時間がありますからね。 今までそちらの活動で忙しく、クラスの出し物の準備に貢献できなかった分、 こうして午前中だけでもクラスのために奉仕している、というわけです。 せっかく来たんですし、お茶でも飲んでいきませんか?」 断る。野郎に「お帰りなさい、ご主人様」とか言われて喜ぶような特異な性癖は持ちあわせちゃいない。 「それは残念です。 実のところ、今回の出し物は当初は執事喫茶ではなく『自動車修理工喫茶』に僕はしたかったんですけどね。 ウェイトレスの衣装はタキシードでなく全員ツナギでね。勿論ターゲットとする客層は男性です。 でもその意見はクラス会議で却下されてしまったんですよね・・・」 当たり前だ、変態め。大体何だツナギって。そんなもん喫茶店じゃねえ。ハッテン場になっちまう。 そんな変態古泉を無視し、更に俺は校内をブラブラしていた。 しかし特に目につくような出し物はない。 正直、それでもこうしてブラブラしていないと午後のステージのことが気にかかってしまう。 そして腕の痛み。コイツはとうとう最後までどうにもならなかったみたいだ。 そして午後、俺はステージに出演する生徒の控え室である舞台裏の楽屋に足を運んだ。 そこには俺以外の面子が既に顔をそろえていた。 「ちょっと遅いわよ!キョン!」 そう言うハルヒは何とバニーガール姿でギターを抱えている。どうやら去年と同じ衣装でステージに上がるらしい。 ちなみに長門は相変わらずあの黒ずくめの魔法使いの衣装。 当初はハルヒとお揃いでバニーガール服のはずだった朝比奈さんは、映画で着ていた戦うウェイトレスの衣装である。 ハルヒいわく映画の宣伝の一環らしい。 そして全裸での出演を宣言していた変態古泉はなぜかさっきの執事の衣装である。 「本当は全裸のはずだったんですが・・・急遽文化祭実行委員の方からクレームが入りましてね。 土壇場での衣装変更ですよ。靴下を着けても駄目だそうです・・・」 残念そうに語る変態。実行委員の皆さん、グッジョブです。 しかし、俺だけ普通に制服か。逆に浮くんじゃないか、コレ? 「いよいよ本番ね!あたし達SOSバンドが文化祭を牛耳る日がとうとうやってきたのよ! みんな、気合入れていくわよ!」 張り切って叫ぶハルヒ。 「練習の成果を見せるときです~!」 意気込む朝比奈さん。 「全裸でないのは物足りないですが、やるだけのことはやりましょう」 ニヒルに微笑む変態古泉。 「・・・」 無言ながらその瞳の奥には燃える意気込みが感じられる、ように思える長門。 「みんな準備はいいわね!さあSOSバンドの華々しいデビューの瞬間よ!」 最後にハルヒが俺達に再度気合を入れる。 準備は整った。こうなったら俺も覚悟を決めるしかない。 腕の痛みを忘れるくらい叩いて、叩いて、叩きまくってやるさ。 俺達、SOS団のためにも。 そして、何よりもこの日を楽しみにしていたハルヒのためにもな。 舞台の袖、俺達は出番を待っている。 さっきまで興奮気味だったハルヒも黙っているし、朝比奈さんも幾らか緊張したような面持ちだ。 ニヤニヤ笑っていた古泉も真剣な表情になっている。 長門は・・・相変わらずだろう。生憎、トンガリ帽子と舞台袖の暗さによって表情は伺えないが。 舞台では俺達の前の出番である軽音楽部のバンドが演奏している。 メンバー皆がデーモン小暮みたいなケバケバしい衣装を着込んで、グロテスクなフェイスペイントを施し、 騒音とも思えるような大きな音にのせて「SATSUGAIせよ!」とか「下半身さえあればいい!」とか連呼している。 オイオイ、物騒なバンドだな。というか、コイツら去年も出てなかったけ? サクラと思しき一部の男達は盛り上がっているが、正直それ以外の観客はドン引きだ。 会場の空気も薄ら寒いものになっている。 オイオイ・・・俺達の出番の前になんてことしてくれるんだよ・・・。 「テンキュウ!」 曲が終わり、ボーカリストが吐き捨てる。 やっと終わってくれたみたいだ・・・。 次が俺達SOSバンドの出番である。緊張が高まる ステージではいったん幕が閉められ、楽器やアンプ、音響のセッティングが行われているようだ。 朝比奈さんも古泉も長門も誰一人言葉を発しようとしない。 そんな中、ハルヒは緊張した面持ちを更にグッと引き締め、ウサミミのヘアバンドを揺らしながら じっと舞台の床に視線を向けたり、虚空を見つめたりしている。 こいつがここまで緊張するのははじめて見るんじゃないか? 「ハルヒ、緊張しているのか?」 俺は思わず聞いてしまった。ハルヒは俺の方へ振り返ると―― 「そんなわけないでしょ、それよりキョン!今日こそはショボイ演奏は許されないんだから、 しっかり叩きなさいよねっ!」 ああ、わかってるさ。その為に一度は脱退したこのバンドに戻ってきたわけだし、今日まで練習してきたんだからな。 今日こそはハルヒ、お前の信頼とやらに応えてやろうじゃないか。 「続いては、一般参加の『SOSバンド』の演奏です」 放送部の女子部員によるアナウンスが流れる。いよいよ出番だ。 観客は『SOSバンド』という珍妙な名に反応しているようで、少しザワザワしている。 クスクスという失笑もあちらこちらから聞こえたりして・・・まあ予想はついたがな。 そんな会場の雰囲気もどこ吹く風、ハルヒはギターを抱えて颯爽とステージへと歩いていく。 それに続いて朝比奈さん、同じくギターを抱えた長門、ベースを抱えた古泉、 最後に俺、がステージへと上がっていく。 観客が意外に多い・・・。それにステージってこんなに高かったのか? 俺は今更ながら、多くの観客の前に立ち、演奏をするという行為にどうしようもない緊張を感じていた。 チクショウ、足が微妙に震えてやがる。 ハルヒや長門、古泉といったギター組はシールドをアンプに接続し、チューニングを行っている。 朝比奈さんはキーボードの前に立ち、念入りに鍵盤の感触を確かめている。 俺は、ドラムセットに座ると、1つ息をつき、前を見た。 観客席となっている体育館のフロアにはいつのまにか大勢の人が集まっている。 この全ての人間の視線が自分に向くんだ。これで緊張しない方が嘘ってもんだぜ。 そしてこの位置だと、俺の真正面にはギター&ボーカルのハルヒが立つことになる。 正直言って、ハルヒはバニーガール服を着込んでいるわけであり、ここからだとお尻のラインや 露出しているキレイな肩などが丸見えであり、目のやり場に困るところである・・・。 メンバーの配置は観客から見て左から―― キーボードの朝比奈さん、ギターの長門、ギター&ボーカルのハルヒ、ベースの古泉 そしてハルヒの真後ろにドラムの俺、という形である。 と、そんなこんなしている内にギター組のチューニングも完了したようだ。 相変わらず観客はざわついている。そりゃそうだろう。 『SOSバンド』なんて変な名前の集団が出てきたと思ったら、 見た目だけは文句のないバニーガールに妖精のように可憐なウェイトレス、 置物のように静かに佇む黒い魔法使いにタキシードの変態執事がいるんだもんな。 去年の文化祭でハルヒと長門のステージを目撃している人間なら少しは驚きが少ないかもしれないが・・・。 ふと気付くと、メンバー全員が俺へ視線を向けている。 朝比奈さんは女神のような微笑を浮かべ、長門は相変わらず無表情ながらも真摯な瞳で、 古泉はコレまでにないくらい気持ち悪いニヤケ顔で・・・。 それぞれがこのステージに立てたことに言いようのない満足感を覚えていることがそこから伺えた。 そして、ハルヒ。客席に背を向け、俺を見つめるその顔は―― おそらく一生忘れることも出来ないだろうというくらいに、優しい、優しい笑顔だった。 ハルヒが俺に向かって頷く。ウサミミが揺れている。 その仕草をみた朝比奈さん、長門、古泉は途端に真剣な表情になる。 どうやら演奏開始の合図らしい。 俺はハルヒに向かい、黙ったまま頷き返し、スティックを振り上げた。 後編へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/502.html
放課後の教室。 谷口が慌てた様子で話し掛けてきた。 「キョ、キョン…ちょっと耳貸せ…!」 なんだコイツはいきなり。 俺は壷でも売りつけられるのか。 「……い、今、涼宮を出せってヤツが来て…」 俺の耳に近寄ると小声で谷口はそう言った。 何故、俺にその話をする。 俺はハルヒ宛の伝言板じゃないぞ。 「…本人に言え、直接」 「い、いや…それが…」 谷口が指差した方向を見やる。 …そこには明らかにガラの悪そうな二人組が居た。 ……あんな奴等、北高に居たんだな。 谷口が躊躇したのも分かる。 …ハルヒと会わせた日には、間違いなく問題が起こりそうだ。 俺がどうしたものかと迷っていると後ろからハルヒが声を掛けてきた。 「あんた達、なにヒソヒソと人の名前呼んでるのよ?」 「す…涼宮…!」 どうでもいいがビビりすぎだぞ、谷口。 「何? あたしに用事があったんじゃないの?」 「いや…そ、それが…」 谷口が二人組を見る。 「……ははーん…そういうコト」 それだけでハルヒにはどういう事か分かったらしい。 …妙に慣れてるなコイツ。 「いいわ、あたしを出せっていうんでしょ?」 それだけ言い残すとハルヒは教室を出て、二人組の方へ歩いていった。 …やれやれ。何か問題があるとマズイからな。 …一応、見といてやるか。 ハルヒと二人組が何やら話している。 …いや、ハルヒはほとんど口を開いていないか。 二人組の内の、特にガラの悪そうなヤツが一方的に喋っている感じだ。 ハルヒは黙って聞いている。 その内、話していた男がハルヒの肩に手をかけた。 …ずいぶんと積極的なヤツだな。 何か因縁事でもあるのかと思ったが、どうやらそっちの話では無いらしい。 ハルヒが男の手を払う。 かと思えば、ハルヒが何かをまくし立て始めた。 あれは十中八九、悪口だな。 その口がはっきり「バカ」と動いているのが見えた。 …可哀想に。あれだけ至近距離でマシンガン罵倒されたら立ち直れないかも知れん。 ガラの悪い男はぷるぷると震えている。 …よっぽどショックな事を言われたんだな。分かる、分かるぞ、その気持ち。 ハルヒは興味を無くしたのか、こちらを向き、教室に戻ろうとする。 「てめぇ! 待てよ涼宮ッ!」 そのハルヒの手を、震えていた男が捕まえた。 「なんなのよ、あんたっ!」 ハルヒが叫び、もがくも、男は完全にアタマに血が上っているようだ。 ハルヒの腕に男の爪が食い込んでいるのが見えた。 …いくら何でもやりすぎだ。 ……やれやれ。またか。また俺も巻き込まれるのか。 …まぁ、見た目にもあまりよろしく無いしな。 それに放って置けば、ハルヒがどんな逆襲に出るか分からん。 ……俺はハルヒを助けるんじゃないぞ? …男の方を心配してやってるんだ。 そう考え、俺が教室を出ようとしたその時、事件は起きた。 ハルヒが男の手に噛み付いた。 「痛ってぇッ! このクソ女ッ!」 男が痛みにハルヒを離す。 「ナメてんじゃねぇよ、てめぇッ!」 男が再びハルヒを捕まえようと手を伸ばした時、ハルヒが素早く体を屈めた。 男の手はハルヒの頭上を通過し、目標を失った男はバランスを崩す。 男がハルヒに覆いかぶさりそうになったかと思うと、ハルヒが凄まじいスピードで体を捻った。 ハルヒの上履きがキュッと小気味いい音を立てる。 そうして。 ハルヒは、男のアゴ目掛けて、伸び上がるようにその脚を振り抜いた。 「がふっ!」 蹴られた男が派手に吹き飛ぶ。 …後ろ回し蹴り。 ……あまり見れるもんじゃないな。 特に学校では。 「…あ。マズイ」 男が吹き飛ばされたその先、そこには窓ガラスがあった。 ガッシャーンッ!!! 男の背中が勢いよくぶつかったかと思うと、ガラスが派手な音を立てて砕け散った。 …おいおい。 ここは三年B組じゃないぞ。 「…また派手にやったな」 「あたしのせいじゃないわ。そこの男が勝手に吹き飛んだのよ」 俺がハルヒに話しかけた時、すでに彼女は涼しい顔をして、制服の乱れを直していた。 気付けばもう一人の男は逃げてしまったらしく、姿形も見えない。 ずいぶん薄情なお友達をお持ちだな。 吹き飛ばされた男を見れば、完全に伸びている。 その顔にはくっきりと靴跡が浮かんでいた。 ……ハルヒ、恐ろしい子…! 「…どうするんだこれ?」 「知らないわよ。ソイツが勝手に転んだコトにしとけばいいんじゃない?」 いくら何でも無理があるだろ。 「何をやっとるか貴様らーっ!!」 音を聞きつけたのか生活指導の木戸が飛んできた。 …マズイな。木戸は生徒を頭ごなしに叱り付けるので有名だ。 「なんだこれはっ!」 木戸は割れた窓、辺りに飛び散ったガラス、伸びたガラの悪い男を見るとそう叫んだ。 「やったのは貴様かッ!?」 木戸が俺の首根っこを掴む。 …コイツは本当に人の話を聞く気が無いな。 「ぐっ…いや…俺は…」 「…先生。違うわ。やったのはあたしよ」 俺が答えに窮しているとハルヒが木戸に進言した。 「何ぃ…? キサマか涼宮ッ! ちょっと生徒指導室まで来いッ!」 「…えぇ」 ハルヒは伸びた男を一瞥すると、大人しく木戸に付いて行く。 俺はその背中を見ながら、何だか胸がモヤモヤしていた。 ………なにか違う。 …ハルヒは…まぁ悪くないとは言えないが、ハルヒだけが悪者って訳でもないだろう。 …かと言って、木戸に何かを言った所で、変わりそうにない。 ………今思えば、俺もアタマに血が上っていたのかも知れない。 気付けば廊下の隅に置かれた消火器を手に取り、手近な窓ガラスに叩き付けていた。 ガッシャーンッ!!! 先程に負けず劣らずデカい音が校舎に響き渡り、窓ガラスは粉々に砕ける。 …手が痺れた。 「き、き、貴様ッ! 何を考えとるかッ!!!」 「…キョ…キョン…?」 派手な音に、木戸とハルヒが振り返り、俺を見ていた。 木戸は血管が浮くほどプルプルと震え、怒り心頭といったご様子だ。 ハルヒはと言えば、口が開くほどに驚いている。 「…いえ、そこに1メートルクラスの馬鹿デカい蚊が居たもんで」 「バ…馬鹿もんッ! お前も生徒指導室に来いッ!!!!」 そうして。 生徒指導室でたっぷりと絞られた後、俺とハルヒに下された判決は停学3日という、とてもありがたいものだった。 「…なんであんなコトしたのよ?」 生徒指導室から開放され、帰ろうとしていると、ハルヒが俺に聞いて来た。 「…別に。お前だけが悪いって訳でも無かったからな」 「…それとあんたがやったコトと、何の関係があるワケ?」 「…何の関係も無いな」 「………ぷっ…くっくっ……あははっ! あんた馬鹿じゃないのっ?」 ハルヒが笑い出したかと思うと、俺にそう言った。 …言うな。俺もそう思ってるんだ。 「ま、いいけどね。あたしも一人で停学なんて、つまんなかったし。いい道連れが出来たわ」 「…お前が何を考えているのか知らんが、俺はバイトだぞ」 「…バイト? あんた、バイトなんてしてたっけ?」 「ガラス代だ」 過失ならともかく、俺がやったのは間違いなく故意だ。 しっかりと学園からガラス代を請求されるだろう。 それを親に払わせるのは忍びない。 「…ふーん…そっか。バイトか。いいわね! 面白そう、あたしも一緒にやるっ!」 「…本気か?」 「あったりまえじゃない! 停学っていったって謹慎ってワケじゃないんだしっ!」 …普通、停学と謹慎はイコールだぞ。 …ま、いいけどな。 そうして俺とハルヒは何のバイトをするか相談しながら家路につきましたとさ。 めでた……くねぇな。ねぇよ。 完
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1019.html
涼宮ハルヒの終焉 プロローグ 涼宮ハルヒの終焉 第一章 涼宮ハルヒの終焉 第二章 涼宮ハルヒの終焉 第三章 涼宮ハルヒの終焉 第四章 涼宮ハルヒの終焉 第五章 涼宮ハルヒの終焉 第六章 涼宮ハルヒの終焉 第七章 涼宮ハルヒの終焉 第八章 涼宮ハルヒの終焉 最終章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3488.html
6.《神人》 機関の本部ってのは始めて来た。 何の変哲もないオフィスビルの一角だった。普通の会社名がプレートにはまっている。 「もちろん偽の会社です。機関の存在目的を世に知らしめる訳にはいきませんから」 古泉はそう言って笑った。 しかし、何の仕事してるかわからん組織に良くオフィスを貸してくれたよな。 「このビルは鶴屋家の所有物ですから」 なるほど。 俺の計画は簡単だ。《神人》を通してハルヒに話しかける。 ハルヒの元に声を届ける場所が他に思いつかない。 「どうでしょう。《神人》に理性があるとは思えません。 あれは、涼宮さんの感情の一部が具現したものだと思われますが」 古泉は疑わしげだ。無理もない。閉鎖空間については古泉の方がよっぽど詳しい。 何度も訪れているんだからな。 俺だって確証なんか何もない。 だがな。 「お前は閉鎖空間でハルヒが俺を呼んでいる、と言っただろう」 前に古泉が言ったことを持ち出した。 この言葉が俺を決心させた要因の1つだ。 「確かに閉鎖空間に入るとそう感じますが……」 古泉はまだ納得行かない、という顔をしている。 「俺はこの1週間、何度もハルヒに話しかけたんだぜ。でも全く反応がなかった」 当たり前っちゃ当たり前だけどな。 「現実世界ではハルヒに声は届かない。 閉鎖空間でハルヒが俺を呼んでいるなら行ってやるしかないだろう」 俺としては、古泉始め機関がこの可能性に思い当たらなかった方が意外だ。 「なるほど。解りました。どのみち、僕はあなたに委ねたのですからね」 誤解を招くようなセリフはよせと言っているだろうが。どういう意味だ。 朝比奈さんも一緒に閉鎖空間に行かないかと誘ったのだが、古泉が止めた。 朝比奈さんは、病院でハルヒと長門についている、と言った。 「今回は神人に近づかなければいけません。危険ですからね」 ハルヒなら朝比奈さんに危害を加えるわけはないと思ったが、結局俺が折れた。 「万が一と言うこともあります。僕としても、1人ならともかく、2人も守れるか自身がありません」 そう言われたら仕方がない。 「わたしも、長門さんも気になりますから病院に行きますね」 朝比奈さんはそう言った。 長門は相変わらず眠ったままらしい。 こんな状態じゃなければゆっくり休んでくれ、と言いたいところだ。 俺は朝比奈さんに2人をよろしくお願いしますと言うしかできなかった。 「まず、あなたにお礼を言わなくてはなりません」 「お礼?」 何のことだかわからん。俺はまだ何もしていない。これからしようとはしているがな。 「いえ、橘京子のことです。1回目の接触で、ある程度目的は予測できていました」 まあ、あいつが俺に用があるとしたら1つしかないよな。 「ですが、そのときはまさかTFEIがすべて活動を奪われるとは予測していませんでした。 前日に連絡を取った際には、何も起こってなかったんですからね。 今朝の時点で、機関内部でも佐々木さんに頼るという案すら出たくらいですよ」 まじかよ! 機関はハルヒを神としているんじゃなかったのか。 「その案を指示したのはごく一部の人間です。でも情報のつかめない宇宙存在よりは 佐々木さんに力を託した方が安全。そういう考え方もあります」 胸くそ悪い、と思ったが俺も人のことは言えない。 一瞬でも、そっちに気持ちが動きかけたのは事実だ。 「結局、我々はあなたに選択を委ねたのですよ。 何とか最後まであがいてみるか。この場合、危険が伴います。」 古泉は大げさに首を横に振った。 「──それとも、佐々木さんに世界を委ねるか。 機関としては好ましくないのですが、仕方がありません」 そう言って肩をすくめた。 「結局、機関は何とかできるのはあなただけだという結論に達しました。 それが涼宮さんに選ばれた鍵の役目だと。 世界がどうなるか、それを決めるのはあなたです」 おいおい、勘弁してくれよ。そんな大げさなことを考えていた訳じゃないぜ。 だいたいそんな大事なことを俺個人の感情で判断していいのかよ。 だが、もう俺は選択しちまった。 「僕個人としては、やはり最後まであがいて見たかったので。 ですからお礼を言わなくてはなりません。ありがとうございます」 お前のためにやったんじゃねぇよ。勘違いするな。 「やれやれ」 もうそれしか言うことがない。 「とにかく、今は少し休んでいてください。今のところ閉鎖空間は発生していませんから」 「時間までに閉鎖空間は発生するのか?」 これが一番の懸案事項だ。他にハルヒと話せるかもしれない場所はない。 それすらできるのかどうか怪しいもんだ。古泉だってそんな経験はないんだからな。 いっそ、去年の5月にあったあの閉鎖空間を作ってくれりゃいい。 だが、そう上手くは行かないだろうな。 「実をいうと、最初の頃より発生頻度は下がってきてはいるんですよ。 その分、僕の感じる涼宮さんの不安感は増えているんですが。 それにしても、まもなく発生しますよ。単なる勘ですけどね」 「お前がそう言うなら間違いないだろうさ」 閉鎖空間のスペシャリストだろうからな。 俺のセリフに古泉は苦笑した。 「しかし、発生する数が減ってるってのはどういうわけだ? それで不安が増してる?」 長門が言うには、この探索とやらを実行中は、ハルヒにかかっている負荷が大きく変わる訳ではないらしい。 だったら、閉鎖空間も同じ頻度で発生するもんのような気がするが。 「はっきりとわかってるわけではありません。ただ、苦痛は慣れるということではないかと」 思案げな顔をして、古泉が言った。 俺がここで考えたってわかるわけもないか。 時間だけがただ過ぎていった。俺はイライラしながら閉鎖空間の発生を待った。 朝1で来たってのに時間は10時半を回っている。 わざわざ車を回してもらう必要もなかったな。橘から簡単に逃げられはしたが。 古泉は何かと用事があるらしく、俺は通された部屋で1人待っていた。 森さんが顔を見せてくれるかと思ったが、かなり忙しいらしい。 「まだかよ」 もう何度目になるかわからない独り言をつぶやく。 まさか閉鎖空間の発生を心待ちにする日が来るとはね。 あんな灰色空間は好きになれないはずなのにな。 だいたい、上手く行くのか? 何の確証もないんだぜ。 橘の戯言に乗った方が確実なんじゃないのか? 後のことは後で考えればよかったんだ。 1人で考えていると、どうもマイナス思考になる。 いかんいかん、俺は首を横に振った。 長門の診断と予測、古泉の言ったこと、朝比奈さんの忠告。 俺は全部信じているんだろ? だったら──俺は俺にできることをするだけだ。 「お待たせしました」 やがて、古泉が俺を迎えに来た。 「来たか」 待ちわびたぜ。 今行ってやるからな、ハルヒ。 閉鎖空間が発生したのは、前回と反対側の県庁所在地のある都市だった。 全国的にお洒落な街というイメージがあるらしい。 同じ県内にもかかわらず、俺は数えるほどしか来たことがない。 街に出る、というと前回の大都市に出る方が多いからだ。 駅前から続く花の通りとか名付けられた道の海側から、閉鎖空間は広がっていた。 ん? この位置だと、東側から入ればもっと早かったんじゃないのか? 「なるべく《神人》が現れる場所の近くから入りたかったので」 なるほどな。 「それでは行きます。目を瞑ってください」 あのときと同じように、古泉は俺の手を取った。 そういやどうして目を瞑らなければならないのか聞いてないな。 朝比奈さんとの時間旅行のように目が回る感覚などない。 何か違和感を通り過ぎる、という感じか。 ──キョン── 一瞬、ハルヒの声が聞こえた気がした。 いや、聞こえた気、じゃない。 はっきり聞こえる。 「もういいですよ」 古泉の言葉で目を開けたが、相変わらずハルヒの声が頭に響く。 ──バカキョン!── ──バカ! いつまで待たせんのよ! 罰金!!── えーと、ハルヒ? うるさい、お前の怒声は頭に響く。いや、文字通り響いているんだが。 俺は決死の覚悟でここに来たんだが、歓迎の言葉がこれか? 思わず溜息をついてうなだれると、古泉が心配そうに顔を覗いてきた。 「大丈夫ですか? どうかしました?」 古泉には聞こえてないのか。 「何がです?」 「ハルヒの声」 古泉は目を見張って俺を眺めた。 「俺の頭がどうにかなっちまった、って可能性もあるけどな」 そんな目で見られると自信がなくなってくる。 「そうではないでしょう。 前に言ったとおり、僕にも涼宮さんがあなたを呼んでいるのは感じられます。 ただ、感じているだけで聞こえている訳ではなかった」 そう言うと、少し考えるようなポーズを取った。わざとらしいが様になる。 「どうやら、あなたが正しかったようです。涼宮さんはあなたを閉鎖空間に呼んでいる、 それで間違っていなかったようですね」 悔しいがこいつにそう言ってもらえると安心する。 そんな会話をしながらも、俺の頭の中にはハルヒの怒声が続いている。 バカだのアホだのマヌケだの罰金だの死刑だの、ほんとに勘弁してくれ。 「呼んでいるっていうかな、さっきからずーっと怒鳴りつけられている訳だが」 俺が溜息をついて言うと、古泉は少しだけ笑顔に戻って言った。 「それはそれは。こういう状態になっても涼宮さんは涼宮さん、ということですか」 まったくだ。 「おい、ハルヒ、いい加減にしてくれ!」 俺たち以外誰もいない灰色の空間に向かって呼びかけてみる。 だが、何の返答もなかった。 俺の頭の中には、さっきからハルヒの罵声が響いてて、いい加減嫌気が差してくる。 なんつーか、今朝の俺の決意をすべて喪失させる気か、この野郎。 今朝まで深刻に悩んでいた俺がバカバカしくなってきた。 後で朝比奈さんに、今朝あたりの俺宛にでも伝言を頼むか。 『悩むだけ損だぞ、俺』なんてな。 そうは言っても、俺がそんな伝言受け取っていないことが既定事項ではあるが。 俺がそんなげんなりした気分になっていると、古泉の真剣な声が聞こえてきた。 「始まりました」 何度見ても現実感がない光景が広がった。 青い巨人──《神人》がゆらりと立ち上がった。 相当距離があるのに、その巨大さからかなりはっきり見える。 あれは新幹線の駅の辺りだ。 そして、前に見たとおり、周辺の建物を破壊し始めた。 「……………」 俺が無言なのはその光景に飲まれたからではない。 ──このバカキョン!── ズガァァァァン ──こんなにあたしを待たせるなんて許し難いわ!── ドカァァァァン やれやれ、間違いない、あの《神人》は確かにハルヒのイライラそのものだ。 《神人》の動きと俺の脳内音声が、完全に一致している。 しかも、俺に向けられているらしい。 「古泉、何でか知らんがあの《神人》は俺にむかついているらしい」 溜息とともに吐き出すと、古泉は一瞬不思議そうな顔をしたが、フッと笑って言った。 「なるほど、それがおわかりですか。ならあなたの計画も上手く行きそうですね」 しかしハルヒ、ずるいぞ。俺にだけ一方的に声を届けるなんてな。 お前に声を届けたいのは俺の方だよ。 「かなり遠いな。まさか歩いて行くのか?」 「いえ、それでは時間がかかりすぎますから。ちょっと失礼します」 そう言うと、古泉はいきなり俺を羽交い締めにするように抱えた。 「おいっ! 何しやがる!」 思わず反論した俺に、古泉は軽口で返しやがった。 「おや、正面から抱き合った方が良かったですか?」 「ふざけんな!」 アホなやりとりをしている間に、目の前が赤い光でに染まった。 古泉が例の赤い球になったらしい。内部はこうなってるのか。 なんて考えた次の瞬間、ものすごい勢いで飛び立った。 「うおぉ!?」 早い、何てもんじゃない。生身で飛行機に乗っているようなもんだ。 ただし、赤い光のおかげか、風圧は全く感じられない。 眼下に流れていく景色を見て、思わず身震いする。古泉にばれたな畜生。 しかしこれはかなり怖い。こいつはいつもこんなことをやっているのか。 《神人》の近くにたどり着くまで、1分とかかっていない。 時速何キロだったのか、誰か計算してくれ。俺は考えたくない。 《神人》は、手近な建物から破壊を始めていた。 近くで見ると大迫力だ。映画みたいだ。 そんなのんきなことを考えている場合じゃない。 あの《神人》がハルヒの精神と繋がっているなら、声が届くのはここしかない。 《神人》の少し上を飛んでもらいながら、俺は大声で叫んだ。 「ハルヒーーーーーーーーーー!!」 しかし、俺の声は全く届いていないように、《神人》は破壊活動を止めない。 俺の脳内音声もますます活発だ。 いくらハルヒの怒声に慣れていても、さすがに凹んでくる。 時折少し離れて休憩を入れながら、俺たちは何度も《神人》に近づいた。 俺は何度かハルヒを呼んだが、《神人》は変わらず、何も起こらない。 周りの建物を殴りつけ、蹴倒し、踏みつけている。 閉鎖空間も広がっている、と古泉が言った。 畜生、やっぱりダメだったのか!? だんだん焦ってくる。 ──何やってるのよキョン! このへたれ!── あーもう、ハルヒ、うるせぇ少し黙れ! お前どっかで見てるんじゃないだろうな。俺が何をしたっていうんだよ。 「すみませんがそろそろ限界です。これ以上《神人》の破壊活動を放置すると厄介です」 古泉が焦った声で言った。 ここで《神人》を倒してしまっては俺がここまで来た意味がない。 次の閉鎖空間を待つ時間もない。 もしかしたら、次の閉鎖空間は生まれないかもしれない。 どうする? 俺は悩んだ。 ハルヒは俺を呼んでいるくせに、俺がここにいることに気がついていない。 いや、識域下では気がついているのだろう。だから俺に声を届けている。 今回は表層意識に残らないと意味がないのか。 仕方がない。一か八かだ。無理矢理意識を引っ張り出すほどのことが必要だ。 俺は最後の賭けに出た。 「古泉、最後にもう一度《神人》の頭の上を飛んでくれ! これが最後でいい!」 「承知しました」 《神人》の上に来ると、俺はもう一度頼んだ。 「古泉、俺を離してくれ!」 「何を言っているんですか!?」 「いいから離せ!」 「無理です!」 「大丈夫だ、ハルヒが、俺が死ぬことを望むわけがない!」 俺だけじゃなくて、お前もな、とは言ってやらなかった。 「わかりました」 しばらく悩んだ古泉が苦しそうに言った。 「ただし、あなたを離したら僕も一緒に下ります。危険と判断したら助けますから」 「悪いな」 確かに、古泉の飛行速度を考えたら、自由落下より先に俺の下に回り込めるだろう。 「たたきつけられて潰れるのは俺もごめんだ。頼んだぜ、古泉」 古泉に助けられなくても大丈夫だと思いたい。 古泉が俺を離して──俺は落下を始めた。 ハルヒ、信じてるからな! 恐怖を感じている暇はなかった。俺は目一杯大声で叫んでやった。 「聞こえてんなら俺を助けやがれ、ハルヒーーーーーー!」 俺の体は更に落下していく。背筋がぞくりとした。 このまま落ちたら、体なんか残らないんじゃないか──? ふわり。 衝突の衝撃もなく、いきなり俺の体は止まった。 ふぅーっと溜息が出る。さすがに緊張していたらしい。汗びっしょりだった。 今どこにいるか、確認するまでもない。 足下も、俺の目の前も青く光っている。 俺は神人の手のひらの上にいるらしい。 まるでお釈迦様の手のひらにいる孫悟空だな。 差詰め古泉はキン斗雲か。 気がつくと、俺の脳内ハルヒ音声もストップしていた。 聞こえていた方が会話しやすいから好都合だったんだがな。 それとも、こいつとまともに会話ができるようにでもなったのか? 俺は目の前にいる《神人》を見上げた。結構怖いのは秘密だ。 古泉は赤い球になったまま、俺の隣に来た。 「まったく、あなたは無茶をしますね」 ああ、自分でも驚いてるぜ。 「よう、ハルヒ」 俺は目の前の《神人》に普通に話しかけてみた。……ハルヒも《神人》も無言。 「なんか、俺が遅くなって怒ってるみたいだな。わりぃ。俺も色々あるんだよ」 相変わらずの無言。 「腹が立ってるんだったら、こんなとこで暴れてないでいつも通り俺にぶつけてみろよ」 我ながら恐ろしいことを言っている。こんなことをハルヒに言ったら最後、俺はどうなるか誰にもわからん。 そして、やはり俺は言ったことを少しだけ後悔することになった。 《神人》が、さらさらと崩れ始めた。 そう、俺を襲った朝倉が長門によって情報連結を解除されたときのように。 俺は呆気にとられてそれを眺めていたが、状況を悟ってめちゃくちゃ焦った。 おい、俺の足場も崩れてるぞ!!!! 古泉があわてて俺の腕を掴んだ。 しかし、俺の足下の青い光がなくなっても、俺はその場に留まっていた。 古泉は腕を掴んでいるが、ぶら下がるわけでもなく、まるでそこに立っているように。 すげぇ、俺も宙に浮いているぞ! この空間は何でもありか?? 「《神人》と我々超能力者の存在だけ考えてみても、何でもありでしょう」 古泉が言った。 《神人》が完全に消え去ると、俺の目の前に──── やっとだな。 たった1週間とは思えないほど長かったぜ。 一気にいろんな感情が俺を襲う。 いろんな思いが混じり合った溜息をひとつついて、俺はそいつに声をかけた。 「久しぶりだな、ハルヒ」 目の前に現れたのは、間違いない。涼宮ハルヒだった。 感慨にふけってる暇もなく、俺は先ほどまであった脳内音声の続きを聞かされることになった。 「こんの……バカキョン!!!!」 やれやれ、再会の第一声がそれかよ。ま、声はさっきから聞いていたんだが。 「遅いのよ、遅い!!! あたしがどんだけ待ったと思ってるのよ!!」 「いや、だから悪かったよ。さっきも言ったけどな、俺も色々あるんだよ」 「うるさいっ! あんたは団員としての自覚が足りないのよ!!!」 だから悪かったってば。しかし何だって俺はこんなに怒られてるんだ? そもそも、ハルヒは今の状況を疑問に思っていないのか? 古泉に聞こうと思って振り返ると、そこには誰もいなかった。 ──逃げやがったなあの野郎。 「凄く怖いんだから、不安なんだから! 何でだかわかんないけどっ!」 ハルヒは言いながらぼろぼろ泣き出した。 俺は黙って聞いているしかできない。 「あ、あたしが、あたしじゃなくなるみたいで、凄く、怖いんだから……」 「……もしかして、今もか?」 ハルヒは過去形でしゃべっていない。今もその恐怖と闘っているのか。 「そうよっ! でも、あんたがそばに居れば何とかなる気がして、ずっと待ってたのに……」 いや、俺はできる限りそばにいたんだよ。それが伝わらない場所でな。 俺だけじゃない。長門は文字通り四六時中そばにいたし、朝比奈さんもできるだけ一緒にいたんだぞ。 伝えられなかったけどな。俺もどうすればいいのかわからなかったんだよ。 やっと今朝、ギリギリになって気がついたんだ。 遅くなってごめんな。 しかし、こんな素直なハルヒを見るのは初めてだ。 どんなに怖い思いをしても、それを誰かに悟られるのを何より嫌いそうな奴だ。 今回のことはよっぽど怖かったんだろう。 辛かったんだろう。 「悪かった、ハルヒ」 そう言って俺は、泣いているハルヒを抱きしめた。 誰だってそうするだろ? こいつは不安と恐怖相手に独りで闘っているとき、俺にそばにいて欲しいと望んでくれたんだぜ。 それに答えないのは男じゃない、そうだろ? いくら俺がへたれだと言われても、それくらいはできるさ。 しばらく俺はハルヒが泣くままにしていた。 今まで我慢していた分、目一杯泣けばいい。 いや、閉鎖空間でストレス解消していた訳だから我慢はしてないのか? ま、でも泣けるなら泣いた方がいいのさ。 しかし、大事なことをまだ伝えていない。 ハルヒを助けるためには伝えなければならない。 この時点で、まだ俺は悩んでいた。 ハルヒの力を自覚させる俺の切り札。『ジョン・スミス』をここで使うか? それとも、今ここで使うべきではないか? 近い将来、この切り札が必要になるかもしれない。 もし、ここで俺が『ジョン・スミス』だと言わずに話ができれば、それに越したことはない。 俺は脳の普段は使わない部分まで動員する勢いで、急いで考えをまとめた。 「ハルヒ。聞いてくれ」 ハルヒは涙目で俺を見上げた。 「これは夢だってわかってるんだろ?」 さすがにこの異様な空間で異常な状況だ。 なんせ俺たちは宙に浮いているんだからな。夢だとでも考えなきゃおかしい。 「そうね……こんな灰色の世界、前にも夢に見たこと……」 そこまで言って顔を背けた。何か思い出しやがったな。 「俺は現実のお前と会いたい。だから、願ってくれ。現実の世界で俺に会いたいってな」 「キョン……?」 不思議そうな顔をして俺を見上げるハルヒに、俺は更に続けて言った。 「俺だけじゃない。長門や古泉に朝比奈さん、SOS団のみんなに会いたいだろ?」 ハルヒの表情が少し変わった。目に輝きが戻ってきたような気がする。 「ハルヒが本気で願えばかなうさ。こんな灰色空間じゃなくてな。 ちゃんと“現実の”あの部室で、みんなで会おうぜ」 しかし、ハルヒは目を伏せると意外なことを言った。 「あんたは本当にあたしに会いたいと思ってるの?」 おい、さっきからそう言ってるだろ。だからわざわざこんな灰色世界まで会いに来たんだぜ。 「そうね、でも……わからないわ。あんたの気持ちが」 俺の気持ち? ハルヒが何が言いたいかわからなくて、俺は黙っていた。 「どうせ夢だし、この際だから言っちゃうけど、あんたあたしにあんなことしたくせに、何も言ってくれないじゃない」 あんなこと……って、あれだよな、やっぱり。 だけどな、あれはお前が先にしただろうが! 「そうだけど、そうなんだけど、あんたが何であんなことしたかハッキリさせたいのよ! ハッキリしないのは嫌いなんだから」 「………」 とっさに言葉が出なかった。 ハルヒがわがまま、とかそう言うのではなく。 いや、わがままなんだけどな。先にキスしてきたのはお前だ、と声を大にして言いたい。 だけどな。つまりだ。 ハルヒは、1週間前まで俺が暢気に味わっていた中途半端さに嫌気がさしてたってわけか。 正直、俺はハルヒが俺の言葉を信じてくれると思っていた。 だから、この閉鎖空間でハルヒと話さえできれば、何とかなると思っていた。 くそっ 俺が俺の首を絞めているわけだ。 自分の暢気さがつくづく恨めしい。 ああ、1週間前の俺を本気で殴ってやりてぇ。 「すまん、ハルヒ」 ハルヒの目を真正面から見つめた。 「俺は自分をごまかして、このままでもいいかなと思ってたんだ。時間はまだあるってな」 ハルヒは俺を睨み付けていた。 こいつは未だ不安と恐怖がある中で、こんな表情ができるんだ。 やっぱりたいした奴だよ、お前は。 「この先は、ちゃんと現実でお前に会ったときに言いたい。だから、帰ってきてくれ」 「夢の中のあんたに約束されたってしょうがないじゃない。 だいたいどうやって帰ればいいのかわかんないわよ」 「だから、夢じゃなくて現実の俺と会いたいと願ってくれればいいんだよ。 大丈夫だ、現実の俺もお前に言いたいことがあるはずだ。夢でも現実でも、俺は俺だ」 わかるだろ? 前の夢の後のこと、あの部室でキスした日のことを思い出せばな。 ハルヒは少し考えてから笑って言った。 「いいわ、信じてあげる。あたしをこれ以上待たせるんじゃないわよ!」 やっと笑顔が見れたぜ。 そのセリフを最後に、ハルヒも先ほどの《神人》と同じように消えていった。 思い立ったら即実行だ。何ともハルヒらしい。 「ああ、待ってろ!」 消えていくハルヒに、俺はそう言ってやった。 「うわああああ!?」 ハルヒが消えると、俺の体も宙に浮いてられなくなったらしい。 おい、ハルヒ、最後のつめが甘いぞ!! さっき助けてくれたのにこれじゃ意味がないだろうが!! そのとき、古泉が俺の腕を取った。 「大丈夫ですか?」 ニヤケ顔で俺に聞いてくる。なんか含んだ顔でむかつく。礼を言うのがためらわれる。 「何か言いたげな顔だな」 精一杯渋面を作って言ってやった。 「いえいえ、見せつけてくれたなと思っただけです」 どこで見てやがった、この野郎。 俺と古泉は近くのビルの屋上に下りた。 「我々が神人を倒す必要がなかったのは初めてのことですよ」 古泉が大げさな感情を込めていった。 「機関から表彰したいくらいですね。ありがとうございます」 そんなもの要らん。 「これから閉鎖空間が生まれたら、あなたに来て頂きましょうか」 ふざけんな。今回は緊急事態だ。いつもそう上手く行くもんでもないぜ。 「それもそうですね」 閉鎖空間はすでに崩壊が始まっており、前に見たとおりに空にヒビが広がっている。 「まったく、あいつは思い立ったら即実行で、後のことなんか考えちゃいねぇ」 俺が文句を言っている間にもヒビが広がり……やがて一気に現実世界に戻った。 日常の喧噪が耳に響く。 何とかなったのか? 日の高くなった空を見上げて一息つく。 しかし、古泉の真剣な声が俺の安堵感を帳消しにした。 「13時20分です──長門さんの予告を最小でも5分過ぎています」 ──遅かったか? 7.回帰へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3923.html
一 章 まず、ハルヒを取り巻く懲りない面々の近況を伝えておこう。 SOS団サークルが大学でも大暴れすること四年間。過去に上映した映画のリバイバル、続編の撮影、この世の不思議を求めて日本各地を旅行。野球、サッカー、剣道柔道合気道、学内外のスポーツサークルに挑戦状を叩きつけ、泣きすがる部員を尻目に看板をかっさらって帰ったのはまだまだ序の口。部費捻出のためのあやしげな営業活動に渋面の教授陣もさることながら、処置なしと見た大学当局からなんのお叱りも受けずに無事卒業できたことは、長門、古泉各方面の協力(いや圧力)に感謝すべきだろう。 ハルヒはいくつか内定を取った企業のうち、もっとも給与条件のいい会社に入ったようだ。大手食品会社の商品企画なんてのをやっている。ハルヒらしいといえば、あいつらしい仕事だが。あいつが毎日スーツを着てデスクワークをしている様子は、ちょっと想像しがたい。噂では商品キャラクタの着ぐるみを着て営業に回っているとのことだ。そういえば就職してからずっと髪を伸ばしている。髪を結ぶリボンの色を毎日替える宇宙人対策を、入社式からずっとやっていたらしい。 長門は大学からそのまま大学院に進んだ。高エネルギーだか素粒子物理だかの理学博士課程にいる。俺はてっきりハルヒと同じ会社に入るものと思っていたが、聞くところによるとこれもハルヒの行動を予測してのことらしい。 古泉は、あいつは、そのまま機関で働くことになった。バイト待遇から正社員になったようだ。相変わらず閉鎖空間で神人を追いかけている。俺たちが就職してからはあまり会っていない。 俺はといえば、たいして就職活動をしていなかったにもかかわらず、内定を取って無事サラリーマンに落ち着いている。大学の専攻とはまったく関係なかったが、参考書やら学校教材を出版している会社に入った。有名塾の先生に執筆を頼み、原稿をチェックしてDTPにまわし、版下が完成したら印刷所にまわす。まわさないのは皿くらいなもんで、まあ編集のはしくれみたいなことをやっている。スケジュールさえ守れば残業もないし、休日出勤もなし。楽っちゃ楽だ。 それから半年が経ち、俺は社会のしがらみの中でどうやらこのまま歳を重ねていくことになりそうだと、一種の安堵感に浸りつつあった。ハルヒが就職してからSOS団の活動も下火になってゆき、たぶんこのまま先細って、あのときはあんなバカなこともやったよなぁなんて全員で思い出に浸れるようになるんじゃないかという夢のようなものさえ見ていた。メンバーに会うペースも二週間、三週間と少しずつ間が伸びてゆき、一ヶ月に一度というサラリーマン的キリのいい回数にまで減った。 もういいかげん、ハルヒの奇矯な行動に振り回される役柄を引退してもいい頃だ。なんて甘いことを考えていた矢先にハルヒによって全員集合をかけられたのは、通り過ぎたはずの台風の進路が逆行して戻ってきてしまったときよりも精神的ダメージが大きかった。 「いよっ、みんな元気そうね」 お前にはこれが元気に見えるのか。会社が引けてからハルヒにいつもの喫茶店に呼び出されて俺が憂鬱になっているところへ、長門と古泉が現れた。 「……」 「皆さんお久しぶりです。涼宮さんもおかわりなく」 長門とはほぼ毎日会っているが、古泉の顔を見るのは久しぶりだった。どことなく貫禄がついた気がする。 「さすがは涼宮さんですね。団長、超監督、名探偵、編集長と来て、次は社長ですか」 ハルヒのトレードマーク、赤い腕章はすでに社長になっている。 「これからはベンチャーよ。生き馬の目を抜く高速道路の現代社会を生き残るにはこれしかないわ」 最近は休日の高速道路並に渋滞している気もするけどな。 「大賛成です。涼宮さんのような逸材が企業の一歯車として働いているなんてもったいなさすぎます。ここはひとつ、新しいビジネスチャンスをつかみましょう」 「で、なにを売るんだ?まさか宇宙人、未来人、超能力者を探し出して売る会社とか言うんじゃないだろうな」 自分で言いながら笑いをこらえきれないでいると、古泉と長門の顔がピクと引きつった。ここに朝比奈さんがいたら眉を寄せたことだろう。 「それをみんなで考えるんじゃないの」 「順序が逆だろうが」 「あたしもいろいろ考えてみたわよ。パーティ向けのケイタリングとかどう」 「誰が料理を作るんだ?」 「もっちろん、あんたたちでよ。あたしは取締役社長兼営業。古泉くんは秘書兼営業部長ね」 即、廃業だ。長門が早速料理のレシピ本を読んでいる。気が早いぞおい。 「とりあえず必要なのは事務所よね。この際だからボロい雑居ビルでもいいわ」 「まあ待て。登記の仕方とかも調べなきゃならん。少し時間をくれ」 「あんたの専攻、経済学だったわね。お役所関係は面倒だからキョンに任せるわ」 「経営学部とは違うんだがな。まあまったくの専門外ってわけでもないが。まずは事業内容をはっきりさせてくれ」 「そうねえ。あんたたちも何かアイデア出しなさいよ、即採用するわ」 ハルヒは鞄から分厚い本を何冊も取り出した。タイトルを見ると、起業入門、はじめての起業、会社ひとりでできるもん?俺たちにこれを読めってのか。さっそく長門が一冊手にとってパラパラとめくりはじめた。 俺はチラと長門を見た。流行には遅ればせだがIT系でもやるかな。長門テクノロジーで。大学院とかけもちでたいへんだが、こいつだけが頼りだな。あるいは朝比奈さんに頼んで時間旅行代理店でもやるとか。古泉には……、機関に金を出させるか。あんまり機関には負担をかけたくはないんだがな。 ハルヒが持ってきた漫画で読む起業ガイドとかいう本をさらりと読んでみたが、いきなり株式会社ってのもありらしい。俺はてっきり、同好会から研究会へランクアップするみたいに、有限会社からがんばってステップアップするのかと思っていた。今は有限会社ってのはなくなって株式会社に吸収されちまったらしい。それ以外に有限責任事業組合とか、やたら長い名前の法人が増えちまってる。 今はお金がなくても株式会社を作れるようで、一円起業とかいうのも可能だと書いてある。要はアイデア次第。入る金と出る金の収支が安定したら出資者を増やしていく。さらに資金調達が必要なら株式市場に上場してもいい。 「なるほど。最終的には一部上場か……」 「一部じゃなくて全部上場しましょうよ!」 いや、そういう意味じゃなくてだな。 ともかく、会社を興すにはハンパじゃない量の書類作成が必要らしい。誰かがレクチャーしてくれるとありがたいんだが。 「古泉は税理士の知り合いはいるか」 「ええ。身内にいます」 「ちょっと知恵を借りたいんだがな。登記に必要な手順やら節税やら」 「分かりました。手配しておきます」 手配って身内に使う言葉じゃないだろ。 「さすが古泉くんね。じゃあキョン、後は頼んだわよ」 まったく、考えつくだけで面倒なことはすべて俺任せじゃないか。高校のときとまったく変わっとらん。いっそのこと閉鎖空間を発生させてストレス解消してくれたほうが助かったんだが。 ハルヒに呼び出されて起業宣言を聞いた帰り道、古泉からちょっと話せないかと電話がかかってきた。まあ暇なんでさして問題はないし、それにこいつの近況も聞いておきたい。 俺は長門を連れて、駅前のファーストフード店で古泉と待ち合わせた。 「お二人さん。改めて、ご無沙汰しております」 「よせよ、そんな社交辞令みたいなあいさつは」 「お互いにもう社会人ですからね。親しき仲にも礼儀あり、それなりの自覚を持たなければ」 などと耳の痛いことを言う。そんな固いこと言わなくても、俺たちは仮にも同窓生だろ。 「最近どうしてんだ?機関のほうは相変わらず忙しいのか」 「それも含めてお知らせしたいことが。ここ半年間、涼宮さんの能力開放が激減していまして」 それは前にもあった。高校二年の二月ごろだったか。あれは単にバレンタインデーに向けての下準備というか、安定期だったというか。それが終わるとまたいつものあいつに戻ったよな。 「閉鎖空間の発生も、神人の発生も、もう片手で数える程度になっています」 「そんなに減ってるのか」 「長門さんはご存知かもしれませんが」 古泉は長門を見た。長門は少しだけうなずいた。 「最後に閉鎖空間が発生したのは二週間前です。それも真っ昼間に」 「閉鎖空間が発生しないのはいいことじゃないか」 「ええまあ。それだけではなく、神人が発生しません」 「神人がいない閉鎖空間?アレが消えないと閉鎖空間は消えないんじゃなかったっけ」 「通常はそうです。一ヶ月くらい前でしょうか、いつものように閉鎖空間に入ってみたところ、いつまで待っても神人が現れることなく待ちぼうけを食わされました」 「それで、閉鎖空間はどうなったんだ」 「三十分くらいで消滅しました。神人を発生させるだけのエネルギーがなかったようです」 「ハルヒにしちゃ珍しい不完全燃焼だな」 「ええ。くすぶっているだけならまだしも、突然消えてしまうので我々も戸惑っています」 「そういうときのハルヒってどんな具合なんだ?」 「観測ではイライラと上機嫌のわずかな間を行ったり来たりしているというか」 古泉はそう言って人差し指をバイオリズムのように上下に振ってみせた。 「大人になって突発的な感情の起伏が減った、ってことじゃないのか」 「それだけならいいんですが、閉鎖空間というのは涼宮さんの中の常識とエキセントリックな世界を好む願望とのバランスが崩れるとき、ストレスを感じてあの空間が生まれるんです。これは僕たちに能力が与えられてから今までずっとそうです」 「だったらなおのことだ。常識が勝ってハルヒが安定してきてるのはいいことじゃないか」 古泉は俺の顔をじっと見て、少し考えてから論点を変えた。 「考えてみてください。人間が願望を持たなくなったら、どうなりますか」 「まるで俺のことを言われてるようだな」 「いえいえ、一般論としてです」 古泉は汗をかきかき手を振って否定した。 「そんなことになったら夢も希望もない、だるいだけの毎日になっちまうだろうな」 「それは涼宮さんにも当てはまることです。彼女の場合、夢も希望もないということは能力を失うということなんです」 俺はうーんと唸った。ハルヒが能力を失うようなことになったら、ただの女子高生、じゃなくてただのOLになっちまう。どう考えても大歓迎すべき事態じゃないか。それがなぜ古泉や機関にとって懸念材料になるのか分からん。 「この状況を鑑みて、機関の幹部では組織の縮小を検討しています。すでに現場の人間を残して、管理職の人間を当初の三分の一に減らしています」 「機関もリストラか」 「喜ぶべきか、悲しむべきか。そうです」 俺は暇を持て余してぼんやりとプレステをしているCIA職員を思い浮かべた。 「このままでは僕もトラバーユを考えなければいけませんね」 しかし今から就職活動をするのはきついだろう。機関じゃ待遇よさそうだし。 「まあ、食っていけるならどんな仕事でもしますよ。涼宮さんに雇ってもらえる道も開けそうですし」 お前こそ夢がないぞ。もっと志を高く持て。 「それはともかく、涼宮さんの夢と希望によって僕たちは存在を許されている。長門さんも、ここにはいない朝比奈さんもそうでしょう」 長門はどう思ってるんだろう。こいつの本来の仕事はハルヒを観察することだ。 「……涼宮ハルヒが能力を失えば、わたしは任務を終える」 「とすると、上に帰っちまうのか」 「……分からない。それについてはまだ検討段階ではない」 ということはまあ、時間的余裕はあるってことだな。俺はすぐにでも長門が帰っちまうのかと想像して少しだけ焦った。 「長門さんは涼宮さんの最近の様子についてはどう思われますか」 「……涼宮ハルヒの思念エネルギーには、大きな波と小さな波がある」 「なるほど。今はどのような位置にいるんでしょうか」 「……中長期的に見れば、今は大きな波の谷間にいるだけ」 「ということは、これからパワー増幅する可能性が高いと」 「……そう。でもこれは、わたしの憶測に過ぎない」 二人とも怖いことを言う。まさかこれからハルヒが大暴れするとかいうんじゃないだろうな。 古泉の懸念はもっともかもしれんが、そっちのほうはあいつらに任せておいて、とりあえず俺はハルヒから出された宿題をこなすことにするか。 さて、起業の手順だ。古泉の知り合いというとすぐ機関のメンバーを思い浮かべるのだが、やってきたのは思ったとおり多丸圭一氏だった。この人は実際に機関の関連会社を経営してる人らしく、いろいろと相談に乗ってもらった。 「どうも多丸さん、その節はいろいろとお世話になりました」 「久しぶりだね。元気にしてたかな」 「おかげさまで、ハルヒの有り余る元気のせいで今回も振り回されています」 多丸氏は昔と変わらず、はっはっはと笑った。 「それで、なにをする会社なのかな?」 「それがまだ決まってないんです」 俺は眉をハの字に曲げてみせた。俺がハルヒのパシリなんだってことは雰囲気的に分かってくれるだろう。 「そんなことだろうと思ったよ。まあなにをするにせよ、お役所でハンコさえもらえばどうにでもなるからね。面倒なのは最初だけだ」 機関の人だけあって、ハルヒの特性を知ってくれているのはありがたい。 会社ってのは仮にも法で定められた集団で、かつてのSOS団みたいに、勝手気ままに思いついたことをなんでもやりますみたいな申請は無理だろう。活動内容やらそれに関わる人やら、それからお金の入手先やら使い道やらを決めておかないといけない。実際にどうなるかはともあれ、書類上できちんと明記されていないと認めてくれないのがお役所の慣わしだ。 「経営者の所得は年間どれくらいを見込んでるのかな。一千万円を超えそうなら株式会社のほうが税金的に有利だけど」 「ハルヒが言うには株式会社のほうが聞こえがいいんで、そうしろと」 「はっはっは。まあ好き好きかもだね。最初は個人事業のほうが手続きが簡単でオススメではあるんだけどね」 「なんせ形から入るやつですから」 「彼女ならなにかでかいことをやりそうだし、最初から株式会社にしても差し支えはないだろうね。途中で法人の種類を変更するとそれだけ手間も発生するし。大は小を兼ねる、とも言うしね」 「はあ、そんなもんですか」 株式会社というのは、金を出す人が会社の持ち主で、社長はその株主から経営を任される。最近は社長ひとり株主ひとりという最少人数でもOKらしい。設立を届け出るのは法務局で、会社内の決まりごとを書いた定款やら設立するときの議事録やら分厚い書類を提出させられる。書類を重ねる順番まで決まっているらしい。 「書類の用意は私が手伝ってあげよう」 「はぁ、助かります。そこがいちばん厄介な部分なんで」 「まずは事業内容を決めることだね」 「そうですね。ハルヒにさっさと決めさせてきます」 翌日から、会社が引けるとハルヒとその他のメンツを呼び出すのが日課となった。どうでもいいがその腕章、外ではやめてくれ。 「で、屋号はどうすんだ。SOS団か?」 「当然じゃないの」 「じゃあエス・オー・エス団株式会社でいいのか?」 「響きが悪いわね。株式会社エス・オー・エス団、これね。前株でいいわ」 どっちも似たようなもんだが。 「あとは事業内容だが。世界を大いに盛り上げるとかそういう抽象的な内容だと申請に通らないぜ」 「分かってるわよ。あたしだってベンチャー本はひと通り読んだつもりよ」 ほう、ちゃんと予習はしてるみたいだな。 「で、目的は?」 「教えるわ。この会社の目的!それは、」 ハルヒは、あの日と同じように大きく息を吸った。ドドン。どこかで太鼓が鳴ったような気がしたが、気のせいか。 「タイムマシンを開発して時間旅行をすることよ」 な、なんだってー!!俺の脳裏にΩマークが四つほど並んだ。その場にいたハルヒ以外の全員が真っ先に朝比奈さんを思い浮かべたにちがいない。朝比奈さん、もしかしてあなたはその関係者だったんですか。 「さすがは涼宮さんですね」 古泉、お前はそれしかないんか。 「そんな前例のないもんが申請の書類に書けるわけがないだろ」 「前例がないから作るのよ。テクノロジーは日進月歩爆走中よ。昔の人は言いました、光陰矢のごとしよ」 「そんなもん簡単に作れるかよ。仮に作れたとしてもだな、それまで利益なしだろう」 「だいたいねえ、人類は月にまで人を送ったことがあるのに、なんで未だにガソリンを燃やして走ってるわけ?二十一世紀になって十年は経つってのに、いまだに化石燃料が主流なんて遺憾を覚えるわ。もう道をテクテク歩くだけの技術は無用よ。これからは時間移動の時代なの」 聞いちゃいねー、さらに言ってることがよく分からん。すまん、誰か頭痛薬をくれ。 「時間旅行で社員を養えるのか」 「ちっちっち。未来や過去に行けばいろんな珍しいものがあるわ。それを運んできて売れば大儲けよ」 やれやれ。ハルヒが金儲けに走り始めたか。 「よくいるでしょ、考古学者のくせに発掘品を売りさばいてるやつ。キリストの聖杯とか、埋蔵の宝石とか」 「そりゃ映画の話だ。しかも盗掘と変わらんじゃないか」 「それに未来から技術を持って帰れば売れるしね。時間旅行さえできれば、お金なんて後からでもついてくるわ」 職種からいってあんまりカタギじゃなさそうだな。株式会社窃盗団にでも名称変更したほうがいいんじゃないのか。 ここで少し会社登記の話をしよう。 一円起業とは言っても登記申請には税金なんかで二十四万円ほどかかる。お役所がらみはタダじゃないんだ。会社を作ったあとにかかる税金は所得税、法人税、住民税、事業税なんかがあるが、できれば税金は安いほうがいい。個人と違って会社は税金が優遇されることが多いらしい。節税のために会社を作る人までいるくらいだし。 資本金が一千万以下の場合は消費税が二年間免除される。税金を申告するときに最初の年度の赤字を七年間繰り越してもいい、みたいな甘い制度もある。 資本金を誰に頼むかはまだ決まっていないが、現物出資といって、自分の手持ちのパソコンやら車やらを持ち込んで資本金代わりにしてもいいらしい。五百万円までなら書類で申告するだけでOKだ。 株式会社だから株券を売るのかと思っていたがそうでもないらしい。株券の実物が必要なのは株の譲渡OKな『株式公開会社』を作る場合。うちは株式の譲渡が自由にはできない『株式譲渡制限会社』にする予定だから、勝手に株を売られたりはしないことになる。株主が会社を手放したいときにだけ、経営陣が承認して発行する感じか。会社を作る発起人はそれぞれ一株以上は買わないといけない。つまり俺も買わされるわけだが、別に平社員でもいいのにな。 登記書類をまとめて持っていくのは法務局だが、ほかにも公証人役場、税務署、都道府県の税事務所、市区町村の役所、労働基準監督署、社会保険事務所なんかにも行かないといけない。しばらくはあちこちを奔走することになりそうだ。そうそう、取引銀行に口座も作っとかないとな。 会社用のでかい印鑑も作らないといけないが、この辺はハルヒにやらせよう。あいつは腕章とかネームプレートとか名刺とか、アイデンテティのあるものが好きそうだからな。 「はぁ……」 ハルヒが大きく溜息をついた。いつものハルヒらしくない。また昼飯をおごれと言われてイタ飯屋に出てきた俺だった。俺は猿でも分かる起業入門を読みながら横目でハルヒを見た。 「どうしたんだ?」 ハルヒがなにか新しいことを考え付くときはたいてい、台風がやってくる前日の天気予報のように、わけの分からない期待感と開放感とそれから高揚感とがいい感じにミックスされて、今しも超新星が生まれそうなガス星雲の中にいるような気配がするもんだ。それがこの倦怠とあきらめ交じりの溜息。吐く息が文字化すれば、やれやれとでも浮かんできそうだ。やれやれは俺の専売特許のはずだが。 「なんでもないわ。ただね、なんとなく疲れたというか」 「就職して半年でそれかよ。ちょっと甘ったれてんじゃないのか」 「あんたにしちゃきついこと言うわね」 ハルヒは頬杖をついてこっちを見る。どうも、瞳にイキイキ感がない。 「そうかな。じゃあ聞くが、これから起業しようってのになんでそんな溜息ばっかりなんだ」 「学生の頃はなにをやっても楽しかったわ。映画を撮ったり、今考えればどうでもいいようなストーリーだったけど、自分がなにかをやっているって感覚があったわ。飛び入りでギターを弾いたり、みんなで野球をやったり、見つかりもしない不思議を探し回ったり」 まあ、俺もあの頃はそれなりに楽しんだ。やたら体力と財力を消費はしたが。 「それがこの頃ときたら、なにか新しいことを思いつくとそれにかかるお金とか時間とか、必要な人材とかを考えるのが先なのよね」 「ふつー、なにかをはじめるときはそうなんだけどな」 「あの頃は自分ひとりででもやってやるって意気込みがあったわ」 そうだ、ハルヒはいつも独走だった。スタートラインに並び、フライングだろうがなんだろうがひとりでぶっちぎりゴールを目指す。その後を俺たちがへいへいとついて行く。いつもがそんな図だった。 「やりたいことが変わってきたんじゃないか。より高度になったとか、質が高くなったとか」 「どうかしらね」 「思いつきがでかいから、ひとりじゃ無理ってことだろう。計画性も大事だ」 俺が計画性を言い出すようになっちまったら、世の中はミジンコ並みに計画どおりだな。 「すべてが計算づくになってしまった自分がうらめしいわ。あたし、いったいなにが変わったのかしら」 「まあ商品企画課っていうハルヒの仕事柄だろう」 「モノ作りの最前線っていうからこの仕事に就いたのに、いまいち自分が作ってるって感じがしないよのね」 「お前だけで作ってるわけじゃないだろ。ひとつの製品にいろんな人間が関わってる。それが会社ってもんだ」 あまり慰めにも励ましにもならんセリフを淡々と言う俺も、実は今の仕事には生き甲斐を感じていない。 「それは分かってんだけどね」 「けど、給料はいいんだろ?」 「まあね。ボーナスも思ったより多かったわ」 「この不景気にそれは贅沢ってもんだ」 「分かってるわよ。同僚と飲みに行ったりもするし、給料日には買い物して遊んで歌って午前様だし」 「これ以上なにが不満なんだ?」 「分かんない……。いい職場についたし、給料もいいし、好きなもの買えるし」 ハルヒはこれと決めたものには出費を惜しまない。自分の思い付きを実現するためならバニーの衣装だろうがメイドの衣装だろうが、自腹で買ってしまう。ストレスで散財するタイプだなこいつは。将来旦那が苦労するぞ。 就職したから自分でストレスを解消できるようになった、という言い方は変かもしれないが、自由に使える金があれば、特別な力がなくてもある程度の願望を実現することはできるかもしれない。食ったり飲んだり騒いだり、簡単になにかを手に入れたりすることで、本当にやりたいことがだんだん霞んでしまう。古泉が言っていた閉鎖空間発生が減った理由が、なんとなく分かってきた気がする。 ハルヒは食い残しのシーフードパスタをフォークの先でいじりながら言った。 「なんだかね、タコが自分の足を切り売りしてる気持ちっていうのかしら」 「お前にしちゃうまい例えだな」 「もう、どうでもよくなってきたわ……」 テーブルに顔を伏せてそのまま眠り込んでしまいそうな、久々に見るハルヒのメランコリーである。 2章へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4664.html
真夏のある日のこと。 SOS団の活動もない休日の午後、エアコンの不調により、うだるような暑さに耐えかねた涼宮ハルヒは、涼を求めて酷暑日の街を彷徨っていた。 「涼み処の定番、図書館はやっぱり人でいっぱいだったか……」 街中で配られていた、どこかのマンションの広告が入った団扇で扇ぎながら、街中を歩く。 「そもそもSOS団団長たるあたしが、人と同じ発想で涼を求めててどうすんのよ……」 さすがのハルヒも、この暑さに思考が常人並みに変化していた。 「あぢぃ……」 コンビニエンスストアでは、ごく短時間しか留まれない。北口駅前のショッピングセンターでは、時間は潰せるが座る場所がない。 「あ゛~……もうこうなったら、環状線にでも乗りに行くか!?」 その路線は最寄りの駅からさほど遠くはないにしても、別に鉄ちゃんではないハルヒにとって、ただ列車に乗っているだけという行為は、到底耐えられる代物ではない。 「雪でも降って涼しくならないかな……雪……ゆき……ユキ……有希……?」 「呼んだ?」 「うひゃあぁぁっ!?」 唐突に背後から掛けられた、見知った人の声に、ハルヒは飛び上がった。 「有希!? いきなり声掛けるからびっくりしたじゃない!」 振り返った先に居た文芸部部長、そしてSOS団員の長門有希は、珍しいことに私服だった。あまりの暑さに、制服ではもたないと判断したらしい。 「……いや、あの、有希……? 私服なのはいいことだし、今日は凄く暑いってことも分かるわよ? だけど……」 確かに、有希の服装は、理に適っていた。実に夏らしい。 「その格好じゃ、どう見ても男の子よ――――――――――――!!」 Tシャツ、短パン、サンダルに麦藁帽子。体格と相まって、可愛らしい小学生の男の子にしか見えなかった。知り合い以外に、この姿を見て「女子高生」と思う者は居ないだろう。 「この服装は、知り合いに『似合うし、機能的だから』と薦められた」 「確かに、これ以上ないくらいに似合ってるけど、似合う方向性が違うというか、何というか……」 「……?」 「……ま、いっか。それにしても、あんたと街中でばったり会うなんて、珍しいこともあるものね。てっきり図書館か本屋に入り浸ってるかと思ったのに」 とはいえ、海で遊んできた、という格好でもないわね、とハルヒは有希の姿を観察しながら言った。 「朝から図書館に居たが、人が多くなってきたので帰るところ」 「ああ、そういうこと。あたしもさっき涼みに行ってきたんだけど、人だらけで、あれじゃ落ち着いて読書なんてできないわね」 「涼みに?」 「うちのエアコンがぶっ壊れちゃってさ~、涼しい場所を求めて、このクソ暑い中を彷徨ってんのよ」 「……そう」 有希はハルヒに真っ直ぐな瞳を向け、 「それなら、うちに来るといい」 「え、マジ!?」 こくりと、無言でうなずいた。 ………… ……… …… … 「お邪魔しま~す!」 高級マンションだけあって、断熱がきちんとされている有希の部屋は、朝から無人で空調を効かせていなかったにもかかわらず、ひんやりとしていた。 「いや~~生き返るぅ~~~~」 「……飲んで」 有希はエアコンのスイッチを入れた後、冷蔵庫からキンキンに冷えた杜仲茶を出してきた。 「……ぷっは~! くぅ~~~~~~っ!!」 グラス一杯分を一気に飲み干したハルヒは、珍しく定時で上がったサラリーマンがビアガーデンで生中を飲み干したがごとき喜びの雄叫びを挙げると、そのままお替りを要求した。 「うまい! もう一杯!!」 「どうぞ」 こうして何杯か同じやり取りを繰り返した頃には、エアコンも効いてきた。 ハルヒは寝転んで全身からフローリングの冷たさを享受し、有希は借りてきた本の世界に旅立っていた。 エアコンの音をBGMに、ページをめくる音と、時折グラスの中で溶けた氷が立てる音だけが響く。 (暑い時には、何もない部屋っていうのも、いいものね……) やがてすっかり体力を回復したハルヒは、何となく、読書する有希を観察していた。 「……そっか。座椅子、買ったんだ」 孤島で合宿したときは、彼女は船の中で正座して読書していた。しかし今は、コタツの向かい側で、回転できる座椅子に座って読書している。 「……通販生活」 「買い過ぎには注意しなさいよ?」 「…………………………………………………………………………………………善処する」 「今の間は何よ、今の間は!?」 「気にしないで」 「気になるわよ!」 「…………」 「微妙な表情で見詰めるんじゃありません!」 「…………」 「しょぼーんってしてもだめ!」 「…………」 「こらー! 本で顔を隠すなー!!」 第三者がこのやり取りを目撃しても、有希の表情が変化しているとは思えないだろう。それだけ微細な表情の変化でも、ハルヒはきちんと見分けていた。 そんなやり取りもあった後、また落ち着きを取り戻した空間。ハルヒが一つ伸びをしたとき、それは起こった。 「ん? どうしたの、有希?」 有希の体が、不意にピクリと動いた。 「……足」 「足? ……ああ、当たっちゃったか」 ハルヒが伸びをしたとき、ちょうど前方に投げ出されていた有希の足の裏に、ハルヒのつま先が触れていた。 「を? ひょっとして有希は、足が弱いのかな?」 ちょんちょん、とハルヒがつま先で有希の足の裏をつつくと、その度に有希の体がピクリピクリと反応した。 「うりうり~」 ちょっと面白くなってきたハルヒは、次第に有希への攻めを強くした。 「……っ、うっ!」 「あ……」 一際大きく有希の体が跳ねた拍子に、彼女は膝をコタツにしたたかに打ち付けた。 「……………………………………………………………………………………………………」 「ごめん、ごめんってば! そんな涙目で、訴えかける視線を向けないでよ……」 ハルヒが必死に弁解するが、有希はハルヒにだけ分かる微妙な視線を送り続けていた。 やがてハルヒがいっぱいいっぱいになったところで、不意に有希は視線を逸らし、明後日の方向に視線を向けた。 「え……!?」 それで勝負はついていた。 ハルヒが自分の置かれた状況を把握したときには、背後に回った有希に床に倒され、脚を極められていた。 逸らした視線の先をハルヒが釣られて追いかけている間に、有希は超高速で移動していた。 「くっ、やるわね、有希! 今の技は、完全にやられたわ。でも、まだ負けないわよ!」 極められた技を外そうともがくハルヒに、有希は冷静に宣言した。 「あなたはもう、昇天している」 握り締め、中指の第二関節を突き出した有希の拳に、打撃が来るものとガードを固めたハルヒは、 「ひぎいっ!?」 悶絶していた。 「ちょ、ちょっと、有希! やめ……」 有希は構わず、固めた拳をハルヒの足の裏に突き立てて抉った。 「んのおぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!?」 「ここは胃」 さらに有希は、拳を捻じりながら滑らせた。 「あおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!」 「ここは子宮」 有希の責め苦は続く。 「これは足の裏にある各臓器の反射区を刺激するマッサージ」 「足裏マッサージでしょ! 知ってるわよ! すんごく痛いんだから!」 「特に痛い所が、何らかのダメージを受けている部位」 「分かったから、離してよ!」 有希は無言でうなずき、掴んでいたハルヒの足を離すと、反対側の足を掴んだ。 「ちょっと、離してって言ってるでしょ!?」 「人体はバランス。片方だけの施術ではバランスを崩し、かえって悪影響を及ぼす」 有希はハルヒの足の指を強くしごいた。 「んぎひぃっ!?」 「じっくり丹念に凝りをほぐす」 「い、いやあっ! 痛いのいやぁっ!!」 ハルヒは涙目で、首を左右にフルフルと振りながら、イヤイヤをしている。 「にょああぁぁぁぁぁぁっっっ!!」 有希の拳が、無慈悲にハルヒの足裏に突き立てられた。 ………… ……… …… … 「ひゅーっ、ひゅーっ……」 じっくり丹念に足裏の凝りをほぐされたハルヒは、もはや虫の息だった。瞳孔が開いている。 「全体をほぐし終わった」 「も、もう勘弁して……お願いだからあっ……」 普段のハルヒからは信じられないような、情けない声で有希に懇願する。 有希は静かに、ハルヒの足を開放した。 「た、助かった…………」 有希はそのまま台所に消えると、湯気の立つタオルを持って帰ってきた。 「仕上げ」 「あー……蒸しタオル、気持ちいい……」 地獄から一転、今度は極楽を味わうハルヒ。恍惚とした表情で有希に身を任せる。 ハルヒの足を蒸しタオルでくるんだまま、有希は静かに告げた。 「あなたが特に弱っているところは分かった」 有希の言葉に、ハルヒは最も痛かった部分を思い出して、赤面した。 「恥ずかしがることはない。女性にはありがちなこと」 「やだ、そんなこと言わないで……」 ハルヒは両手で顔を隠している。 「最後に、そこを……集中的に施術する」 有希の言葉に、ハルヒは今度は顔を青くした。 「ちょ、有希、やめて! 後生だから!」 「あなたが特に弱っているところは……」 有希は親指を立てた。 「いやぁぁぁぁ!! ソコだけは! ソコだけはー!」 ハルヒは両手で顔を隠したままイヤイヤしている。 「肛門」 有希の指が、ハルヒの足裏に深々と突き立てられた。 「アッ――――――――――――――――――――!!」 ハルヒの悲鳴が部屋中に響き渡った。しかし、悲鳴はすぐにかき消された。 「このマンションの防音は完璧」 「……どうしたの?」 有希はハルヒに声を掛けた。 返事がない。ただのしかばねのようだ。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2584.html
「・・・ごめん。心拍数および血圧が異常な上昇をみせた。大丈夫。問題ない」 本当かよ。 ともかく、俺はやりすぎちまったようだ。 まさか長門をからかうと鼻血を出してぶっ倒れちまうなんて、親御さんの情報統合思念体とかいうやつすら知るまい。 「悪かったな、長門」 「いい。・・・いつか、必ず・・・」 何か言いかけた長門は唐突に口を塞ぐ。 「今はとにかく、眼前の懸案事項を片付けるべき」 Sing in Silence 涼宮ハルヒの融合7 ――――――そして月曜日。 作戦決行日がやってきた。 例の下着類は長門が紙袋に入れて持ってきてくれる手はずになっていたので、俺は特に準備するものも無く登校・・・したんだが、心の準備くらいはしておくべきだったね。 凄く反省してる。 なんてったって、俺の後ろの席に「涼奈みるひ」の席が無かったからな。 おまけに朝比奈さんが居たであろう3年生のクラスにも居らず、挙句の果てにこの学校にそんな生徒は創立から現在に至るまで居たことは無いらしい。 しかしながら。 SOS団はこのみるひという生徒が北高に居ない世界にも存在している。 何故か。 それは。 「ごめんなさい!遅れました~。教職員会議が長引いちゃって・・・。さぁ、始めましょう。ミーティングを」 涼奈みるひなる女性はこの学校の生徒でもなく、ましてや卒業生でもなかった。 ・・・彼女は、この学校の教員だったのだ。 どうやら彼女はこのSOS団顧問にして、団長と言う位置づけらしい。 まさかこの絶世の美人が女教師だなんて先週は思わなかったぜ。 「・・・やれやれ」 「あーっ!キョンほら、そんな風に人生を達観しちゃってるから、薄幸そうなオーラが出ちゃうのよ。しゃきっとなさい!」 この世界でのSOS団の存在理由。 宇宙人と未来人と超能力者を集めて遊ぶでもなく はたまた世の中の不思議を探すでもなく 『薄幸そうな生徒を集めて、皆で遊ぶ』 ただ、それだけらしい。 俺、薄幸そうに見えたのか。 長門や古泉ならともかく。 「さて、ただ今より S生徒達がより明るい生活を送るため Oオリジナリティー豊かなイベントを提供する S涼奈みるひの 団 月曜日定例ミーティングを開始します!」 パチパチパチパチ・・・と拍手か賛辞でも送っておくべきなのか? おい古泉、この期に及んで無意味スマイルは辞めるべきだ。 長門も無感動を装うな! 「キョン?どうしたの?」 やばい。目立ちすぎちまった。 「・・・ふふふ、どうしたの?有希が気になるのかなぁ?」 そりゃ気になる。あんたが考えているであろうものとは別な意味でな。 長門、顔を赤らめるな! 「ふふっ。健全な恋愛というものも学園生活には必須なのよ?隠すこと無いわ、ほら、古泉君、キョンと席を替わってあげて。 キョンが有希の隣に行きたがっているようだから」 「それはいいアイディアです。どうぞ」 古泉、お前はこれ以上事態をややこしくしたいのか。 「大丈夫です。これしきのことで事態は悪化しませんよ」 何を小声で言いやがるんだお前は。 「さ、キョン座りなさい」 仕方ない。まあ長門が嫌なわけではないが。 「じゃあ長門、失礼する」 「・・・どうぞ」 「ああんもう有希ったら、凄く可愛いですよ!!」 まぁ、みるひが絶叫してしまうのもわかる。 確かに赤く俯き加減にある長門は非っ常に可愛い。 妖精だな。これは。 「ささっお二人、手を握りなさい」 っておい! そういや抱きついたり、胸に顔押し付けたことはあっても、手握ったことは無いよな。 なんだか無駄にどきどきしちまう。 ・・・それ以前にだ。 そもそもなんでおれは長門と仲良く手を握りっこしなきゃならないんだ? いや、改めて言うが長門が嫌とかじゃないんだけどさ。 こっ恥ずかしいよな。長期間彼女なし人間の男が美少女と手を握るなんて、そう機会は無いだろうし。 「・・・嫌?」 「握った方が良いか?」 「・・・握ってくれるのなら」 そして俺は、長門がおもむろに差し出してきた右手をぎゅっと握った。 「やーん!もう、二人ったらラブラブねっ!!」 お前がつなげって言ったんだろうが。 『聞こえる?』 ・・・長門? 『そう。貴方の神経に直接作用させることでこの会話を構築している。しゃべらなくて言い。・・・一種の念話だと思って』 ・・・了解。 念話まで使えるとはな。恐れ入った。 『ひとまず怪しまれないように涼奈みるひの方を見ておいて』 ああ、そうする。 『・・・貴方の記憶中枢の一部を精査・・・えっち』 って勝手に人の記憶を覗くな!! 『冗談。タイミングを見計らう』 下着はどうするんだ? 『私の足もとの紙袋に入っている』 無いぞ?紙袋なんて。 『既にビジュアルステルスシールドを一部展開させている』 なるほど。不可視状態か。 『そう。タイミングを見計らってステルスモードを解除するから、貴方は中から下着を掴んで涼奈みるひにぶつけて。パイの要領で』 「ちょっとキョン、聞いてるんですか!?」 ・・・おおっと。完全に聞いてなかったぜ。 「んもう!」 みるひは団長席にふんぞりかえりながらぶーと口を膨らませて怒った様なそぶりを見せる。 『どんな内容だったか言ってみなさい!』とか言われるのかと思い内心ビクビクしていると 「ごめんなさい、ちょっと今日は時間が無いの。古泉君か長門さんに聞いておいて下さい。人の話はちゃんと聞かないと駄目ですよ?キョン」 はいはい、判っておりますよ・・・おい、帰っちまうのか? 「じゃあ今日はこれで解散です!戸締りよろしくお願いします!」 長門どうすんだ!?行っちまうぞ? 『強硬手段に出る。私が直接ぶつける』 「強行って・・・おい!」 俺が止める暇は無かった。長門はみるひが一瞬窓のほうを向いた隙に紙袋のビジュアルステルスを解除し、それを思いきり空中高く飛ばして中身をぶちまけ、 重力制御か何かを用いて一度飛び上がった自分の手のひらに収束させ、バレーのサーブでもするようにこちらを向いたみるひの顔に向かってぶっ飛ばした。 ・・・そりゃないぜ、長門。 古泉はぽかーん。 俺もぽかーん。 下着塊を食らったみるひはもっとぽかーんだろうな。 「・・・っふわっ!!何この下着!ペッ!顔から剥がれない!?」 まだ長門の重力制御だか慣性制御だかが効いている様だ。あれじゃ匂いを嗅がずには要られまいな。 「・・・ふあっ、取れた・・・有希?・・・これをやったのは有希なんですね?・・・あなた・・・一体」 「・・・あれ?」 と長門。 ・・・匂い、嗅げてないのか? 「・・・あなた・・・説明してもらいましょうか」 つかつかと絶句する長門の元に歩み寄るみるひ。これはやばい。何故効かない!? 怒気満面の顔だ。 ドイツのナマハゲより怖い。 「有希・・・歯、食いしばりなさい」 おっと!制裁という名の体罰という名の制裁が来るのか!平手打ちか!? ・・・グーかよ。痛いぞそれは。 みるひはかなり力をこめ、長門を三回殴り、 「・・・あなたがこんなことをするなんて、思いもしませんでした」 と悲しげな表情で言い放った。 「・・・色々と理由があります」 「言いなさい。一体どんな理由なのか」 「・・・言えません」 ・・・再び長門を殴りやがった。1発、2発・・・って古泉! 「ちょっと・・・やりすぎです!」 古泉と俺は長門を殴り続けるみるひの腕を掴んで止めようとする。 それでもみるひは俺たちを払いのけ、蹲る長門へ容赦の無い打撃を見舞い続け・・・その、まるで何かの格闘ゲームのコンボを見ているような速さだった・・・ 十数秒後肩で息をしつつも拳のプレゼントを中止し、 「・・・今日は忙しいの。明日までに精々笑える言い訳でも考えて置いてください」 そう吐き捨てるように言って壊れんばかりの勢いで部室のドアを開け、出て行った。 ・・・これは。 もうヤバイを通り越している。 どこのレスラーだこいつは。 俺は恐怖に足をすくめながらも、ぶっ飛ばされた長門に駆け寄る。大丈夫なのか? 「長門、大丈夫・・・!ってお前!?」 「ちょっと、長門さん大丈夫ですか・・・あれ?」 拳の圧力で以って1メートルばかりすっ飛ばされた長門だったが、 むくっ、と何事も無かったかのように起き上がった。 そういやこいつ万能宇宙人なんだっけな。 「・・・頬をちょっと切っただけ」 「大丈夫か?」 「わりと」 そうかい。見た感じかすり傷程度だが・・・ 痛いんなら無理するなよ? 「大丈夫。舐めておけば直る」 口からそんな遠いところを舐めるわけにもいくまい。 それに、女の子にとって顔は命の次に大切なもんなんだろ? 「・・・そうでもない」 そうかい。 「でも絆創膏ぐらい張らせてくれ」 俺はポケットから絆創膏を取り出して長門の頬に張る。 ・・・妹から貰った奴なのでかなりファンシーなガラだがそれで勘弁してくれ。 「ありがと」 どことなく居心地悪そうな表情を浮かべ 「うかつ。キョン、貴方にやらせるべきだった。ごめんなさい」 謝られてもね。 「俺がやっていてもあんな風にボコボコにされてただけかもしれんぞ?」 そういうと長門は首を横に振り 「違う。貴方がやっていた場合、結果は変わっていた。・・・と思う。ただ、私が先ほどした風にやってもだめ」 やってもだめ、というか俺には重力制御は出来ない。 「・・・そういうことではない」 「つまり、何かが足りないってことなんだろ?」 「・・・おおむねそう」 長門、なんだか拗ねてる様な雰囲気だな。 「どうした長門」 「・・・なんでもない」 なんでもないこと無いだろう。 「・・・帰る」 「おい長門!?」 「・・・放っておいてくれると有難い」 長門、様子おかしいぞ、って待ってくれ! 俺の制止を振り切って、荷物を持った長門は勢い良く部室を飛び出していった。 あいつでもメランコリー状態に突入することってあるんだな。珍しい。 「仕方ありませんよ」 「そう・・・かもしれんな」 長門、明日までには回復してくれよ? そう思いつつ、俺と古泉は団長席の周囲にぶちまけられた下着類の回収作業をはじめたのであった・・・匂いで誰の持ち物か判別しながらな。 やばいぜ俺たち。 そして火曜日。 今日こそは決着をつけるべく、万全の体制で学校に来・・・たものの、今日はもろもろの事情で半ドン、昼までだ。 なんかいろんな意味でやる気がそがれたな。 ・・・とは言ってられんのが現状。 とにかく今日までにあの二人を分離させないと、長門いわく 「・・・これ以上私の身が持たない」 らしいし、古泉いわく 「僕の仕事、無くなっちゃいますから」 らしい。 おい古泉、お前の場合は仕事がなくなったほうが良いんじゃないか? 「それはまあ、そうですね」 相変わらず裏で何考えてんのか判らん仮面の笑みを浮かべやがる古泉。 「まぁ、僕は機関の構成員である以前にSOS団副団長です。本来あるべきSOS団をとりもどすことが僕の使命です」 同調しておこうかな。一応。 前回のように無計画ではいかんということで、長門立案実行俺、支援古泉なプランが作成された。 まず、長門と俺がみるひが部室に来る前に入る。俺は長門が作ったビジュアルステルスシールドで身を隠し、長門はみるひが来るまで待つ。 みるひが来ると、長門はビジュアルステルスシールドで隠れる俺からは死角になる位置に立つ。確実に長門はみるひにどやし付けられる筈なので、 長門は殴られようが蹴られようがひたすらそれを耐え忍ぶ。 そして、ころあいを見計らい俺が背後から飛び込み、みるひに二人の下着の匂いを嗅がせる。 そういう寸法だ。 ちなみに、古泉は長門謹製の昏倒棒(触れただけでも失神してしまう凶悪な棒切れ)を持って、俺が失敗した場合部室に突入し、みるひを失神させる手はずになっている。 ・・・大丈夫なのか?こんなんで。 「・・・恐らく」 「まぁ、こんなものでしょう」 そうかもしれんな。 「それより長門、また殴られることになりそうだが、大丈夫か?」 「・・・大丈夫」 まだメランコリー長門さんだった。 そんなに殴られるのが嫌なら、別な作戦にしようぜ。 「・・・そういうわけではない」 「じゃあどういうわけさ」 マリアナ海溝の奥底より暗い色を浮かべておられるな。 「・・・なんでもない」 「なんでもないことないだろう」 ああ、ちょっとしつこいな俺。 と俺自身がそう思った瞬間・・・ 「なんでもないったらなんでもない!!詮索しないで!」 長門の声が部室前の廊下の空気を文字通り切り裂いた。 その声はエアーカッターより鋭く、鉄工所のプレスより高圧で、バンシーの泣き声より物悲しい。 俺は猛烈な寒気に襲われた。 長門が怒っている。眼孔に涙を湛えながら。 俺がしつこ過ぎたから?それとも長門の心のデリケートな部分に触れてしまったからか? ともかく、これだけは言える。俺が悪かった。 「悪かった、長門。すまん」 「・・・・・・」 プイ、と俺から視線を外す。 相当怒ってるな。 俺は長門の怒気に押され、それ以上声すら出なかったが、古泉が 「ひとまず目の前の懸案を解決するのが先です。作戦を開始しましょう」 と言ってくれたおかげで、凍りついた場の空気が若干動いたような気がした。 「・・・・・・」 あさっての方向にあるコンクリート壁をぶち破らんばかりの眼光でにらむ長門。こりゃあしばらく俺とは口聞いてくれそうに無いな。 さて。 機嫌激悪の長門に影響されて、俺の気持ちも若干沈む中作戦が決行された。 ・・・わけなんだが、待てど暮らせどみるひがやってくる気配が無い。 いつまでもたちんぼしているのに疲れた不機嫌ユッキーは、定位置にパイプ椅子を持っていって読書を開始してしまった。 俺の方をちらちらと睨みながらな。 頼むからそんなに怒らないでくれ。ハルヒや朝比奈さんならともかく、お前にそんな態度をとられるのは慣れてないんだよ。 という心の叫びが長門に通じる筈はなく、俺は魂が出んばかりの深い溜息を吐いた。 にしても暇だ。長門・・・は話し相手にはならんな。 仕方が無いので長門のこしらえたビジュアルステルスシールドの影響圏から出たり入ったりして遊んでいたが、 長門から投げかけられる視線があまりにも痛冷たいので、若干趣向を変え、ステルスシールドから首だけ出して 「生首ー」とかやって長門を驚かそうと思ったら がちゃ 古い部室のドアをガタピシ言わせながら 奴が来た。 「ひゃあああああああああ!!??」 そりゃな。首だけ浮いてたら誰だって驚くわ。 「キョキョ・・・キョ・・・有希!!」 部室に入るなりびっくりして腰を抜かし床にへたり込んだみるひは、長門に助けを求める・・・が、何故か長門まで腰砕けになっているようで、俺を凝視したまま微動だにしない。 どうしろって言うんだよ! ・・・って今がチャンスなんだよな。 俺は咄嗟に足元にある下着入り紙袋から下着群を鷲づかみにしてステルスシールドから飛び出し、 「往生せいやあああああ!!!!!」 と半ば自分を勇気付けるために怒声を発しながら突っ走り、みるひの顔に下着を文字通り突き刺すようにして押し付けた。 むにゅっ 奇妙な手ごたえがあった。 なんだこの昔理科の実験で作った巨大スライムの中にこぶしを埋めたような感覚は。 「あ・・・?」 下着を持ってみるひの顔を襲った右手を見てみる。 顔、貫通しとるがな。 「うわあああああぁぁぁあ!!!?」 これなんてB級ホラー?非現実的すぎてある意味怖いです。 まぁ貫通したとは言っても、こんにゃくか寒天で出来た人形を思い切りついたような感じなので、頭の中身はおろか血すら出てないが。 「大丈夫。作戦は成功した」 と後ろで長門が言うものの、正直これはいろんな意味でヤバイと思うぞ。 「早く手を顔から抜いて」 ああ、突っ込んだままだったんだな。 ぬちゅっという嫌な音を立てて拳を引き抜くと――― みるひは太陽10個分以上の光に包まれ――――うおっまぶしっ――――そして 光は収束し、二つの物体がみるひが今まで居た空間に現れた。 ほかでもない。例の涼宮ハルヒと朝比奈みくるである。 さっきの長門以上の怒気をともなってな。 「・・・キ・・・キョン?」 「・・・キョン・・・君?」 多分この二人は、自分がどういう状況に置かれているのか判っていない。 俺はふたりの下着を、律儀に上下セットで持っている。 俺から見れば、これは二人を取り戻すのに必要不可欠なものであり、今彼女達にしたことは必要不可欠かつ不可避な行動である。 対して、彼女側から見れば、俺は単に二人の下着を持って、それを眼前に押し付けている変態さんに過ぎない。 わなわなと怒りに肩と腕を震わせているのが見て取れた。 ・・・やれやれだぜ。 「「最ッッ低ッッ!!!!!」」 俺は殴られ、目潰しされた。グーとチョキで。 痛いよ。全然痛いよ。 俺を含めたSOS団に再び平和が訪れた。 ただ、暫くハルヒは口を利いてくれなかったし朝比奈さんは長門が弁明に入ってくれるまで俺を明らかに避けていたし、長門は長門で微妙にメランコリーだった。 出番のなかった古泉も若干ダウナーなオーラが出てたりする。 「涼宮さんが分離した、ってことはまた例のアルバイトが始まるってことですしね。正直僕も憂鬱だったりします」 あれ。こいつ「僕の仕事、なくなっちゃいますから」とか言ってなかったっけか。 ガチホモの云う事はいまいち一貫性が無いな。 「ははぁ、そうかもしれませんね」 と負け戦の将棋盤を見つつ、ダウナーオーラをまといながらもいつもの無意味スマイルを浮かべた。 「キョン君、どうぞ」 麗しの朝比奈さんがお茶を入れてくれる。今までこれは日常的かつ当たり前のことで、団史にわざわざ刻むまでも無いような出来事なのだが、 あの一件を経験してからというもの俺は今まで以上に朝比奈さんのお茶を味わって飲むようになった。 六甲の美味しい水だろうが水道水だろうが雨水だろうが、朝比奈さんの入れるお茶は甘露、いや俺にとっちゃソーマや仙丹みたいな霊薬ですよ。 これが無いと何も始まらんね。 「エロキョン!何ニヤニヤしてんのよ!」 おっと、あまりにお茶が美味くてニヤニヤしちまったか。 ―――あの一件以来俺をエロキョンと呼ぶようになりやがった我らが団長様だが、幸いなことに自分が長門や朝比奈さんと合体してしまったことは全く覚えていないような素振りだった。助かったぜ。 ・・・覚えていないなら、だ。授業中に聞こえた声はハルヒの無意識下に存在する”何か”が発したものなのか、それとも現行のハルヒの人格とは別のものが発したものなのだろうか。今となっては到底判らんが。 そして、長門。 明瞭なる感情を獲得し、ついでに”個”というものも獲得したように感じた長門だが、みるひにボコボコにされる前とは打って変わり口数少なげに窓際で本を読んでいる。 何でそんなにナーバスなのか訊きたかったが、また怒られそうな気もしたので何も訊かないでいる。 まぁ、そのうちまた戻るだろう。あんなに明確に怒気をはらんで怒るようになった、というだけでもめっけもんだ。 夏を向かえ、いっそうのエネルギーを加えつつある陽に映る、長門とハルヒと朝比奈さんと古泉、そして俺。 あたりまえの、日常的な、しかしながら貴重なこの空間、そして時間。 「なべて世は事もなし――――」 窓際にたたずむ小さな影が、誰に告げるともなく呟いた。その語尾に心地よいながらも、不思議な余韻を残しながら。 涼宮ハルヒの融合 オワリ 前 目次